2015年2月9日月曜日

義経寒梅




とある2月の寒い朝。
僕は田舎駅のホームに立っていた。
里の坂道を目で下ってその向こう。
遠くの海がきらきらと朝日を浴びている。

ホームの端。
梅の小さな木が咲いていた。
その姿がなぜか無性に美しくて携帯で写真を撮った。
「あ、あの木でしょ」
「あの木がどうしたの?」
観光客とおぼしき2人組の女性が、
電車を待つ僕の後ろで会話を始める。
「さっきのお寺の古梅の子どもなのよ」
「あの枯れた義経梅の?」
「そう。市役所が株分けしたんだって」
「株分け?ああ、それは良かったわねぇ。元気じゃない」

はっとして、僕はもう一度その梅の木を眺めた。
はかなくも毅然と立っている。
そうか。
その方法なら、なんとかなるか。

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最近コンサルの依頼が多い。
家具屋さんからのコンサル依頼だ。
でも僕は5年前にその仕事はやめた。
理由はいろいろあるけど、
簡単に言えば、自分の家具事業に
しっかり腰を据えたかったからだ。
最近は依頼があっても丁寧にお断りしている。

ところが、2ヶ月前に、大きな企業からご連絡をもらった。
その会社の社長は以前、とある団体でお世話になったことのある方だった。
むげに断れなかった。
事業案だけでも見てもらいたいとのことだったので、足を運んだ。

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拡大策。
その事業案にはこれでもかってくらい夢がいっぱい詰まっていた。
でも、僕にはどうしてもそれらが単なる夢にしか見えなかった。
人とモノとお金の概念がストンと抜け落ちていた。
「現状、この案で事業規模の拡大は不可能ではないでしょうか」
思ったことを一生懸命お話しした。
しかし先方の社長は尊大な顔をして、
桶狭間の戦いとかニトロはニトロで消すとか、
そんな話をひとしきりされた後、
「否定するなら代替案くらい出しなさい」
と言った。
行き詰まった大企業の拡大案。
正直に言って僕にはまったく想像もつかなかった。
「すみません。考えつきません」
横にいた専務が『そら見たことか』という顔をした。
恥ずかしくて顔が赤くなった。

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戦後の家具屋は家具を売っていればよかった。
家具のジャンルは多くても2、3種類しかなかったからだ。
昔のレコード屋と同じだ。
音楽も当時はクラシックとポップと演歌くらいしかジャンルがなかったのだ。
そう言うと、いやいや君、ウチはあらゆるジャンルの家具を揃えているぞ。
そう言う家具屋さんは多いかもしれない。
でも、実際はその「あらゆるジャンル」が単純に3〜4種類からの派生に過ぎなかったりするのだ。

いや、違うか。
そもそもそれ以前の問題なのだ。
モノが行き渡った現在の日本では、
「あらゆる」という考え方が無効になりつつある。
青息吐息の百貨店がいい例だ。
「あらゆる」は「たった一つの」に変わろうとしているのだ。


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「僕は、この時代の家具屋は仕入れたりしていたらダメだと思います」
「また、そういう核論を言う」
やれやれといった感じで社長が頭を振る。
「ではどうすればいい?」
横から専務が口を挟む。
「作るんです」
「作る?家具を?販売店が?」
「はい。家具を作ること自体も大事ですが、定価をつける権利を持つんです。また、オリジナルというのは御社だけの家具という意味です。もう百貨を持つ時代ではありません。たった一つのどこにも負けないオリジナルを作りましょう」
「フロアがもたないだろう」
「そ、そうですね」
「そんな人材もいない」
「そ、そうですかね」
「うーん。今のやり方を変えずにうまく行く方向はないもんかな」

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今のやり方を変えずにうまく行く方向?

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梅の木が寒風に揺れている。
電車が入ってきた。
2人連れの女性を乗せて走り去った。

株分けだ。
ある意味、禁断の方法が頭をよぎった。
会社を複数に分けるんだ。
この梅の木のように。
それは大きな痛みを伴うだろう。
しかし、
できるんじゃないのか?
問題はお金を絶やさないようにすることだ。

貸借と損益はだいたい覚えている。

頭で計算する。
まずは止血。
銀行の許容度。
早期退職制度。
フロアのレンタル方法。
広告出費を逆に収入にする方法。
ここまでは大丈夫だ。ギリギリだが、できる。

別会社・・作る。
不採算部門の一部を移す。
そのまま塩漬け保存。
分母を小さくする。
そのまま〇〇金額(伏せます)を操作。

しかし新規借り入れは不可能。
社債、現実的ではない。
投資企業。
キャピタル系は避ける。というか無理。
個人投資家。個人投資家・・・。
そこでバチンときた。
いるいるいるいる。うってつけがいるじゃないか。
そうなれば、がぜん現実味を帯びてくる。
さらに取締役外名義の新々会社を2社・・作る。
MBO?さすがにそれは無理か。
まあいいや。
そこはいくらでも方法がある。
破産申告。
元会社処分。
新会社でメーカーを買う。
買い先。
メーカーK社もしくはD社。
彼らは喜んで応じるだろう。
メーカー社長の席をそのまま確保。
先代との約束なんて知ったことか。
最後の仕上げ。
メーカー機能を持った新会社と新々会社2社を・・・。

バランス。タイミング。
大事なのはこのたった2つだ。
バランス、タイミング。
バランス、タイミング。
ノートを取り出した。書き込んでは書き込んでは
何度も試算を繰り返した。

机上の試算。いやホーム上の・・か。
しかし、この結果だったら充分試す価値がある。

ノートの右隅。

最後の行には、
300坪のお店を持った新々会社が強く小さく残っていた。
小さく?いや、むしろ最強の利益剰余金の可能性を携えてる。
魔法のようだが魔法ではない。

もう一度、梅の若木を見下ろした。
目の前のこいつのように。

いけるかもしれない。
いや、いける。
携帯を掴んだ。

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携帯の向こう。専務の冷たい声。
「あ、あの話ね。もう別の人に頼んだ」
面識はないが知った名前。名うての事業整理屋(腑分け屋)の筆頭だ。
「でも専務。生き残るにはまずは小さく・・」
「ウチはまだまだ大きくなるんだよ、起死回生だ」
「起死回生・・・」
「そうそう。戦略名は『桶狭間』に決まったよ」
「桶狭間・・・」
「まあ、そういうことだから」

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大きな陸橋を列車は走る。
切れた携帯をそのまま右手に持ちながら、
ボックス席の車窓から外を見ている。
「ははっ」
自分の小さくて渇いた笑いを聞いた。

冬のような
春のような
そんな日差しが海に注いでいた。