2014年10月7日火曜日

ちひろちゃん



朝。
床の間に敷いた布団でおばあちゃんがゼイゼイしてる。
あたちはいつものようにお薬を運んだ。
外は雨が降っている。
秋の雨が降っている。

「ちひろちゃん、おはよう」
「おばあちゃんおはよ」

おばあちゃんが体を起こそうとした。
首しか動かなかった。
あたちはコップでお薬をのませると、

「ゆっくり寝ててくだちゃいな」
と言った。

おばあちゃんは一度閉じかけた目を薄く開けて、
あたちを優しい目でみている。

「ちひろちゃんは優しい子だねぇ」
おばあちゃんのかさかさした声。
おばあちゃんがあたちの手をにぎった。

昼。
お薬の仕分けが終わったので、
あたちはまた床の間に行った。

おばあちゃんがお歌を歌っていた。
聞いた覚えのない歌だ。
でも、とても懐かしい気持ちになった。

「おばあちゃん」
おばあちゃんは寝ているようだった。
寝ながらお歌を歌っているんだ。
あたちはかけ布団をかけ直してあげた。
そこに、タカシちゃんが入ってきた。

「おい、ちひろ、昼ごはん作ってくれよ」
大きな声でそう言ってバタバタと床の間を出て行った。

「おばあちゃん、ちょっと行ってくるね」
あたちはそう言って台所に戻った。

夜。
雨はまだ降っていた。
小さくて細かい雨は家の中をシンとさせる。

「ちひろちゃんを見ていると、おばあちゃん元気が出てくるわ」
その夜のおばあちゃんはたくさんのお話をしてくれた。

小さな頃に見た夕焼けの美しかったこと。
好きになった男の子にいじわるされて悲しかった事。
鉄棒がクラスで一番うまかったこと。
一生懸命勉強して東京に出てきたこと。
お父さんが生まれて、本当に本当に嬉しかった事。

「記憶は優しいわ、どんなに辛かった事も楽しかった事も優しくなるの」
おばあちゃんが微笑んだ。
「おばあちゃん、もう寝てね」
あたちは少し心配になって言った。
「そうね、ちひろちゃんももう寝ないとね」
「おばあちゃん、あしたもお粥でいいかちら?」
「そうねえ、マーガレットが一番好きよ」
おばあちゃんが変な答えを言った。

深夜。
おばあちゃんがどたばたしている。
苦しそうにさっきのお歌を大きな声で歌っている。
あたちは台所に駆け戻って、お薬を持ってきた。
慌てて出てきたおかあさんに後ろからドンってされて転がってしまった。
「・・・・さーん! ・・・・さーん!」
大声で誰かを呼んでいた。
あたちの後ろでお父さんが言った。
「初恋の男の人の名前だよ」
お父さんは泣いていた。
お母さんも泣いていた。
やがて、救急車が到着した。
あたちは粉薬の包みをボウッと持って、
そこに立ち尽くしていた。

翌朝。
すっかり晴れた水曜日の朝。
おばあちゃんが戻ってきた。
冷たくて、固くなっていた。
あたちは何度も薬を持って、台所と床の間を行ったり来たりした。
「もういいのよ」
お母さんが言った。
「もういいの」
お父さんが言った。
「タカシ、ちひろを充電してくれ」
あたちはタカシちゃんに腕を引っ張られた。
充電したら、記憶がなくなってしまう。
そう思ったら、体が震えてきた。

「記憶は優しいわ、どんなに辛かった事も楽しかった事も優しくなるの」
今あたちがおばあちゃんの歌を歌わないと。

「お父さん・・この歌」
タカシちゃんがあたちの手を離して立ちつくした。
「おばあちゃんの歌だ・・」
お父さんがあたちに顔を寄せた。
「ぬれてる・・ちひろが泣いてる」
「まさか・・」
後ろで見ていたお母さんが、
「今日は充電やめて、おばあちゃんのそばにいさせてあげよう」
と言ってくれた。

あたちの名前はXperia-20HGI。
日本の携帯電話会社の介護用ロボット。
通称「ちひろ」

静かな午後。
あたちは、
床の間の陽だまりで
あたちのバッテリーが切れる音を、
かすかに聞いた。

おばあちゃんの優しい顔がジジッと揺れて、
暗闇になった。




























2014年8月5日火曜日

真夏の50歩



遠い昔。

ある真夏の午後。
なんの拍子だったかな。
鎌倉長谷から稲村ケ崎へ歩いたことがあった。

高校生の足にはあっという間の距離だ。
隣の女の子はずっと鼻歌を歌っている。

彼女「もうすぐ、海に出るから」
僕「さっきからずっとそう言ってんじゃん」
彼女「もうすぐ、もうすぐ」

その子が江の電のレールの上を歩き始める。

僕「危ないって」
彼女「だいじょぶ、だいじょぶ」

歩きながら、僕は自分の足をずっと見ていた。
砂と土にまみれたボロボロのナイキ。

彼女「ねぇ、ねぇったら!」

足下の視線を、先行く彼女に戻した。
逆光のシルエット。
レールの向こうを指差す細い腕。
その向こうに青い青い海が見えた。

僕「おお」
彼女「ね?」

******************************

青山、西麻布、六本木、広尾。
自転車に乗って、あちこちを走り回る。
カタログの撮影場所の下調べだ。

色気のある場所というのはなかなか存在しない。
青山墓地、六本木トンネル・・。
いやいや、これじゃ心霊スポット巡りだ。

自販機でスポーツドリンクを買った。
有栖川のベンチで一休み。
あんまりいい場所ないな。

足下、ブーツの先っぽを見つめた。
砂も土もついていなかった。
当たり前だ。

ここは東京なんだから。

******************************

僕「僕らが初めて作るカタログなんです」

銀行マン「はぁ」

僕「で、テーマなんですけど」

銀行マン「テーマ?テーマなんてあるんすね?」

僕「ファウストで行きます」

銀行マン「・・・・は?」

******************************

悪魔「人間なんてくだらん」
神様「そうでもないぞ」
悪魔「じゃあ賭けをするかい?」
神様「賭け?」
悪魔「あのファウストという人間で」

ファウストがある言葉を言ったら
堕落とみなし、悪魔の勝ち。
言わなければ神様の勝ち。

神様「いいとも」

*******************************

彼女をふと見る。
目に涙がいっぱい溜まっていた。

僕が気づいたことに気づいて、
彼女が照れ笑いをする。

その途端、ボロボロと涙がこぼれた。

「何で泣いてんの?」

聞くと彼女はヘヘッと笑った。

「海まであと何歩?」

目測した。
「50歩くらい・・かな」

風が吹いた。

「そしたら終わっちゃうなって思って」

海からの熱い風が彼女の前髪を揺らした。

「また来ればいいじゃん」
そう言うと、
彼女はひどく寂しい顔をした。

「そうじゃなくて今が・・」
「?」
「止まればいいのに」

「毎年来ようよ」
僕はそんなことしか言えなかった。

(たぶん困っている僕を気づかって)
彼女は急に笑顔を取り戻した。
「そう言う意味じゃないし、しかも毎年って、ここ地元だし、いつでも来れるし」

そう言うと、いきなり走り出した。
しょうがないから追いかけた。
あっという間に、

50歩の距離がゼロになった。

********************************

「家具のカタログのテーマがファウスト?」
その銀行マンはずっとブツブツ言っていた。
「なぜだ?」

********************************

休憩終了。
さあ。
自転車に乗って、次の撮影ポイントへ。

頭上で木立の緑がざわざわ音を立てている。

六本木ヒルズ。
銀色の塔が光をギラギラと反射させている。

ねぇ。
僕はこんなところで生きているよ。
ペダルを踏んだ。

また風が吹いた。

*********************************

[ファウストのラストシーン]

「その瞬間が来た時、私はその時そのものに対して
こう叫ぶであろう。

「止まれ!! お前(時)は本当に美しい」

To that moment [that is, when he sees free men on free soil]
i might say.

「STAY!!  thou art so beautiful.」

私の地上の生活の痕跡は、
幾代「過ぎ去って」も滅びないだろう。
そういう無上の幸福を想像して、
今、私はこの最高の刹那を味わうのだ。

(ファウストうしろざまに倒れる。
死霊たち、彼を抱きとめ、
その身体を地面に横たえる)

**********************************

それを見たメフィスト(悪魔)は言った。

「ついにその言葉を言ったな。
神よ私の勝ちだ。

しかし、過ぎ去っただと?
まったく間抜けた言葉だ。

「過ぎ去った」と
「何もない」は
全く同じではないか。

それなのにあたかもそこに何かがあるかのように、
おまえらはいつも堂々巡りをしているのだ。」

*************************************

・・・違うよね。

「過ぎ去った」と
「何もなかった」は同じではない。

断じて同じではいけない。

*************************************

そう。
確かに、あの時の50歩のように、
過ぎ去った「時」は二度と戻らない。

そんなのはよく分かってる。

でも僕らもファウストのように、
最高の「痕跡」を、
美しい「刹那」を、
しっかりと刻みつけたいんだ。

「過ぎ去った」時間は「無」ではない。
その証明として、
このカタログを「最高の刹那」にしたいのさ。

だからテーマを「ファウスト」にしたんだよ。












2014年6月6日金曜日

C G Am F G

去年はショップの拡大ばっかりしていたので、最近はもっぱら自社オリジナル商品の開発をしている野田でございます。テーブル、ソファ、チェア、ベッド・・現在進行中の新作は15点…。わーお!!


古今東西どれだけの人がどれだけ無数の家具をデザインしてきたんだろう。つい先日も、描き上げたソファのラフデザインを冷静に見たら、「うわ・・マレンコじゃん。だめだパクリって言われちゃう・・・」ってガックリしたりした。理念&テーマ、マーケット&価格帯、そして工房のスキル範囲。その他もろもろの要素を大きな壷に入れてグーツグーツ煮込んだらこんなデザインになりましたっていうのが僕のデザインの基本です。だから、先人たちの着想から外れることの方が稀であることは分かっているんですけど。


とか、そんなことを思いながら、自宅でぼんやりアコギを鳴らしていて、ハッと思った「C G Am F Gでいいんじゃないだろうか?」ギターを知らない人のために説明しておくと、このアルファベットはギターコードと言って、曲を構成する和音です。この組み合わせの羅列で曲ができるんですね。ピアノのドミソとかドファラみたいなもんです。


C G Am F Gの構成は鉄板の美メロ・コードで、名だたる名曲が基本この構成です。いわゆるカノンコードと言って、ビートルズのレットイットビー、ツェッペリンの天国への階段、オアシスのドントルック、日本では、スピッツのチェリーとかイエモンのJAMとかジュディマリの・・というように枚挙にいとまがありません。つまり、どれだけ人類が進化しようが、人が生物レベルで美しいと感じてしまうものは変わらないんですよね。


家具をデザインする時、そのコードが本当に必要なら、無駄に避けて変な物を作ってしまわず、大きな普遍の流れに身を任せて開き直ってしまってもいいんじゃないかな・・。そう思った雨の朝でした。

2014年5月10日土曜日

ハウスカちゃんと一枚板テーブル



Tokyoという「メガシティ」を木と金属の家具や空間で表現したAREA。
「海辺のリゾート」を白、金、素材色で表現したPOLIS。

それに続く三番目のブランドは考えるまでもなく「森」がテーマだろうと思っていました。

北欧・・フィンランドの森に住むクラフターが自治自営するヴィレッジ。そこに住む小さな女の子を主人公にしたショップを展開できないかなと思いついた時、世界観が一気に広がりました。変な妖精がいたり、家具職人の青年がいたり、ガラス職人がいたり、獣を穫っては革を鞣すレザー職人がいたりします。もちろんみんな底抜けに優しい。朝夕には霧がかかる幻想的な場所で、彼らは自然と会話しながら、いきいきとモノを創っている。そんなストーリーや登場人物に合わせて商品を開発していく。そんなブランドにしたいと思いました。




主人公のハウスカちゃんは6才(?)くらいの女の子です。内気ですぐに泣くけど、好奇心旺盛。笑うと周りの人を幸せにする特技(?)を持っています。

彼女は村で一番大きなオークの木の下に捨てられていました。チューリップ帽に包まれて泣いている所を、とあるおばあさんに拾われます。そして大事に優しく育てられる。村の全員が彼女の母親だし父親だし兄弟姉妹です。そして今日も幸せいっぱいの毎日を過ごしています。

ちなみに彼女のトレードマークの帽子は、その日彼女を包んでいた(きっとお母さんの)帽子です。時々、帽子を手でおさえて、ボウっと空を見上げて涙を流すこともありますが、そんな時、村のみんなはあわてて顔を見合わせると、「こんなの作ったよ」とか言って彼女の気をそらします。そして笑顔が戻るとホッと胸を撫で下ろす・・そんな話です。



ところで、僕らは一枚板というジャンルを創業から10年間封印してきました。無垢材家具、特に一枚板テーブルや二枚板テーブルは前職(独立前)でさんざん販売してきた主力商品だったのに・・です。

答えは一つ。耳付き一枚板の「日本民芸感」がどうしても好みではなかったからです。民芸=田舎というステレオタイプの印象が嫌だったのかな。もちろん、民芸や田舎が悪いとは思っているわけではありません。単なる価値観の問題ですね(いずれ、もっと僕らに実力がついたら、日本古来の民芸デザインブランドに挑戦したいと思っています)。

ともあれ、ハウスカちゃんの住む森にAREA(モチーフ=ミラノ)やPOLIS(モチーフ=紀元前地中海)のデザインテイストが似合うわけもない。考えたあげく、北欧の空間をたくさん勉強しました。中世イタリア(主にバチカン)や中世イギリスのテーブルデザインももう一回読み解きました。注目したのは、中世北方ヨーロッパの修道院に見られる大テーブルです耳付き一枚板が多いんですよね。脚はゴツい鉄製が頻繁に見られました。そうか。一枚板に鉄脚。これなら行けるかもしれない。そう思いました。お店に入った時、優しくて暖かいけど、ほんの少し北欧ゴシック感のある一枚板ショップ。そんなブランド感を伸ばして行きたいと思ったのです。


かくしてHAUSKAはグランドオープンから半年が経とうとしています。ファンのお客さんもボチボチ増えてきました。ありがたいことです。ショップの空間は・・・まだまだですね。もっとお金をかけて作りたいんだけど、なかなか・・。HPも手作りなのでこれからだけど。でもあせらずに行こうと思っています。HAUSKAはCROWNを代表する三つ目のブランドです。ハウスカちゃんとともにゆっくり大事に育てて行きたいと思っています。

お店は渋谷と青山の間にあります。キラー通り沿いで、最寄り駅は外苑前です。

お近くにお越しの際は、ぜひ遊びにきてくださいね。




HP
http://www.hauska.tokyo.jp/wordpress/

Facebook
https://www.facebook.com/hauska.tokyo

「いいね」してね!!




2014年3月30日日曜日

退廃のカジノ




春の道頓堀。

小雨降る夜の雑踏をかき分けてフラフラと歩く男。ままならないことばかりだ。人生なんてやめちまうか。酔った頭でそんなことを思っている。どん。と人にぶつかる。20代の女性。蔑むような顔。心が竦む。頭を下げてすみませんと言う自分の声を聞く。沸き上がる感情。怒りと羞恥がブレンドされた感情。20代最後の日は最低の日になったな。手すりにもたれて昏い川を見下ろす。ここから落ちても死ねないよね。というかそんな勇気ないよ。風景の色さえ抜けて見える。灰色の街と人生。ため息をついたその時、ふと、路地の奥に目が止まった。薄汚れたビルに縦看板のネオンの光。AREAと書いてある。いや。その前に・・。こんな所に路地なんてあったっけ?男は吸い込まれるようにその路地に吸い込まれて行く。

「こんばんは、ムシュー」黒いダブルのロングコートを着たドアマンにうやうやしく声をかけられた。二列に並んだ大きな金ボタンには銀杏の葉のようなマーク。「こんな店あったっけ?」と尋ねてみた。ドアマンは微笑でその質問に答えた「はい、ずっと昔からここにございます」扉の向こうから楽しそうな笑い声が漏れ聞こえる。気になった。もう少し飲んで帰るかな・・そう思った瞬間、ドアマンはスッと背筋を伸ばして「かしこまりました。いらっしゃいませ」と言って大きな樫のドアを開けた。「え、いや・・え?」

フルボリュームの管弦楽と享楽の熱気が男を叩いた。大きな広間にギュウギュウと集まったたくさんの人々。その頭の向こうに、白と黒の市松に塗り分けられた大きなステージが見えた。その右と左の袖から美しい女性や男性がぞくぞくと現れては、客席に突き出たキャットウォークの先端でクルリと向きを変えて、また袖へ戻って行く。歓声のうなり声をあげる男客。嬌声をふりしぼる女客。みな一様に頬を火照らせ、潤んだ瞳孔をステージに向けていた。

「カクテルをどうぞ」後ろから声をかけられた。びっくりして振り向いた。可愛らしい女の子が立っていた。小さな顔、小さい鼻、薄く黄色に染めたショートヘア。整った口から小さな前歯が見えた。真鍮のトレイに見たことのない色のカクテルが乗っている。手をのばしかけて、財布の中身を思い出し、我に返った。「あ、すみません。僕、あんまり手持ちが無くて・・。もう出ます」背中を丸めてきた方向へ帰ろうとした。「ああ」女の子は胸の前で手を叩いた。「初めての方ですね」ニッコリと笑って「ここからはもう帰れないんです」と言った。男は急にものすごい恐怖を感じた。

樫の大扉を叩いた。何度も何度も力の限り。分厚い木の塊はビクともしなかった。携帯を取り出した。ディスプレーはブラックアウトしていた。大声をあげた。周りの誰もこちらを見ようとしなかった。何事もないように相変わらずステージに向けて嬌声をあげている。疲れ果て扉に背をもたせコンクリの床に座り込んだ男に、先ほどの黄色い髪の女の子が困ったような顔をして近づいてきた。「ここはどこだ?」「カジノでございます」「カジノ?」まわりを見回した。「二階の回廊の奥がカジノになっております」二階を見上げた。真鍮の格子柵のついた回廊が見える。ライオンのレリーフが飾って吊られていた。「僕を帰してくれ」女の子は静かに首を振って、逆に尋ねてきた「帰る意味があるのですか?」男は呆然として女の子を見上げた。「あなたがここを望んだのです」

*******************************************

忍び込んだ廃墟のビル。

私は割れたガラスをパキパキと踏んで奥に進んだ。よく見るとカクテルグラスの破片が混じっているようだ。大きな樫の扉の向こうの広間。割れたガラス窓から差し込んでいる光が、ホコリを筋のように映している。白と黒を市松に貼った床のリノリウムが剥がれて朽ちていた。奥の部屋。大きなブラックジャックテーブルの残骸の上に、見事な油絵がホコリを被って掛けてあった。このカジノの全盛期を描いた絵のようだ。キャットウォークを舞う無数のモデル。歓声をあげる箱一杯の客たち。奥のドアには葉巻を咥えた男たちが賭け事に興じている。みな楽しそうにこの世の享楽に耽っていた。この絵は・・いつの時代のものだろう。日本ではないようにも見える。そこでふと、私は絵の隅に目を奪われた。大きなドアにもたれて座り込んでいる(一人だけ悲しそうな)その男だけが変に異質だった。力の抜けた手足、傾げた首。・・・しかし。よくよく見れば、悲しそうなのはその姿だけだった。小さくしか描き分けられていないが、口元にあるかないかの微笑が浮かんでいるように見えるからだ。


*******************************************




解説

このショートは2009年にAREA 大阪店を出店した時に書いたものです(今回多少再編集しました)。僕は空間のデザインを行う前にこのようなストーリーを書きます。そこから初めて空間を創造していくのです。めんどくさく思えるかもしれませんが、そうして出来上がった空間は、取手などの細部にいたるまで揺るぎのない魂が宿ります。大阪店のタイトルは「退廃のカジノ」でした。興味のある方はぜひ大阪店に見に行って下さい。




2014年3月23日日曜日

家具業界でお金持ちになる方法と社員募集


家具業界でお金持ちになる方法・・・(OH!!)

まあ、はじめに断っておきますが、僕はあんまりお金持ちではありません。

家具業界の仲間たちはたくさんいますが、真剣に比べたことはありませんので、

詳しくは分かりませんが、たぶんたいしたことはないでしょう。

でも、家具業界でこの仕事を15年やってきた今、

なんとなく、分かりかけてきたことを自分のマトメも含めて、

ブログアップしたいと思います。

愛すべき家具業界。

ここを夢見る独立指向の皆さんの、

ちょっとでも、助けになれば・・と思っております。

家具業界といっても販売店、メーカー、デザイナー。問屋さん、コーディネーターなど、たくさんフェーズがあるのですが、

僕は販売店のエキスパート(たぶん)なので販売店の観点からお話したいと思います。

まずは、

家具屋(販売店)さんの利益はどうやって出るのでしょう。

難しく考えていったらキリがないので簡単に書きます。

まあ、家具業界だけではなく、

大抵の販売店業界でも言えることですが・・・。



___________________________________________↓start

+)売上高(家具を売って得たお金)
− )仕入れ(メーカーからその家具を買ったお金)
_______________________________________________

営業利益)                         A
_______________________________________________

− ) 人件費(お店のスタッフのお給料ですね)
− ) 地代・家賃(借りているお店の家賃)
− ) 広告費(ちらし打ったり、雑誌に準広告だしたり、SEO対策したり)
− ) その他(それ以外の経費)
                                     
                                         B
______________________________________________

= )        C利益

となります。

通俗的にはAを粗利と呼び、
Bを販管費、
Cを純利益と呼びます。

Cの純利が大きければそれだけ会社はお金持ちになるのです。

ここで割と重要なことですが、

家具の売上げを上げれば、お金持ちになるかということでは決して、

「ない」ということです。

いっぱい売っても仕入れが高くついたら、粗利は少なくなりますし、

粗利が多くても販管費が多いと、純利が少なくなります。

ですので大事なのは、

いかに売上高を上げ、(ってだけではありませんが)
いかに仕入れを安くし、(ってだけではありませんが)
いかに仕入れを少なくするか。(ってだけではありませんが)

なのです。

これができれば今日からあなたもお金持ちです。

もちろん言うほど上手く行きませんよ?

ここに書いたのは大原則。

世界共通言語=損益計算書の話ですから。

これだけでお金持ちになれたら、世の経営者はみんなお金持ちですよね。

ここに決定打がないなら他に目を向けましょうか。

以下3/27 追記分

家具業界でお金持ちになる方法(続き)

本気でお金持ちになろうと思ったら、理屈で言えば、粗利が高く、仕入れが生じず、一人でやる仕事で、場所はスタバとかで仕事ができて、口コミで認知度が広がる仕事がベストですね。

家具業界で言えば、フリーのデザイナーとか、コーディネーターです。

ところが、

彼らの中で、本気のお金持ちを僕は見たことがありません。

例外もあるのでしょうが・・・。

なぜでしょう?

簡単です。客粗利単価(粗利額/客数)が低いからです。

例えば、1000万のリフォームを5%で請け負ったとしても粗利が50万。

その割には個人だと現場でひっぱり回され、貧乏暇無しとなるわけです。

そんなわけで、お金持ちになる要素の一つとして、客単価の高さが大事ということがわかります。

ところで、客粗利単価の高いものってなんでしょう。

不動産、金融、建築、宝石・・・。

これらのエキスパートは実際お金持ちが多いです。

むむ。

お金持ちになるには、

売上高でも粗利でも純利だけではなく、

客粗利単価が重要なのが分かってきます。

そして、家具!!

家具は他の商品に比べて、思いがけず立派に、単価の高い商品です。

といっても、3万5万のソファを販売していたらだめです。

ここはドーンと100万のソファを売るお店にしましょう。

そうすれば、また一歩お金持ちに近づきます。

しかし、家具には思わぬ落とし穴が・・。

つづく
(。。。以下はいずれまた更新します)
_____________________________________________________________


ところで、話は変わりますが、当社では今、社員を募集していますので、

僕のこの個人サイトでも募集したいと思います。

社長である僕の個人ブログ限定の資格条件は

「インテリアおよび家具業界でお金持ちになりたい人」です。

どこの業界でもそうですが、手っ取り早い方法はありません。

時間はかかると思いますが、

ご指導しますので、家具業界でチャレンジしたい人がいたら、

東京都港区北青山2-10-28 1F
野田豪
まで履歴書を送って下さい。
















2014年3月21日金曜日

子供たちへ




たとえば、

もし、この世の色が青一色しかなかったら、青という色は存在し得ない。比較対象が存在しないなら、主体そのものも、その存在の意味を失うからだ。同様の意味において、人は他者や他物との違いで存在することを許される。

協調しても、
個性をころさないように。
色をみださないように。
君の輪郭がぼやけてしまうよ?
そのアウトラインが無に溶けて存在を失う前に比較対象を見つけよう。より多くの差異を身にまとい、より鮮明に、自分を生きよう。

でも過ぎた突出には要注意。
周りの色を消してしまうよ。
一人になってもまた、自分の存在を見失うから。

今日は暖かいね。
春だからな。
さあ、今よりずっとあこがれよう。
そしてもっと嫉妬もしよう。
ほかほかした陽だまりに涙もしよう。
たくさんの夢を口にしよう。
きっと希望が生まれるよ。

その先にはきっと、ピースがあるから。
世界が君らを待っているから。

ピース!!

青年期の終わり

ちょっとしたお知らせですが。
このたび、僕は現場販売から卒業することを決めました。

建材業界を辞め、家具の世界に飛び込んだ30歳の春。その社長に「まったくふてぶてしい新人だな君は、もっと謙虚になれ、どっちが社長かわからないじゃないか。しかし販売の腕は認める。まったく家具を売る為に生まれてきた男だな」と言われ、「まぁ、努力してますんで」と耳をほじりながら答えたあの日から早15年。来る日も来る日もお店に立ち、いつしか東京のカリスマと呼ばれ始めても驕ることなく、いやそれは嘘、傲り高ぶりながら、と言っても、もちろんすべてにおいて上手く行くことなんかなくて、挫折成功挫折成功のミルフィーユをほおばり・・。でも、家具販売という一点においては曇りなく正直に一期一会の接客をさせていただいて来ました。

それももう終わりです。

僕はこれより、真似事経営者から真の経営者を目指します。
当年持って46歳。青年期の終わり。本当に良いタイミングだと思います。

僕から家具を買ってくれた、万(数えました。大げさではありません)を超えるお客様へ。本当にありがとうございました。そして、お使いの作品ともども、これからもCROWNをよろしくお願いいたします。

家具業界の皆様へ。暴れますよ、僕は。
お楽しみに。

あ、あと前社社長へ。
僕は、あの時あなたが言った「家具を売る為に生まれてきた男」って言葉が本当に本当に嬉しかったんだ。辛いときも苦しいときもずっと心の支えにしてきました。あの時、ふてぶてしくしてすみません。照れてたんだと思います。いやいや、ちゃんと言おう。

ありがとうございます。










2014年3月19日水曜日

桃太郎はいつ桃に入ったのか





渋谷のスクランブルを見下ろしながら、コーヒーを飲んでいる。
イヤホンからはキースリチャーズのギター。相変わらず独特で気まぐれなリフを刻んでいる。

雑踏はとどまることがない。

みんな、どこから来てどこに行くんだろう。
まあ、どこからか来てどこかへ行くんだろうけどさ。
上から見るとちょっとした予定調和のように見えるな。
演劇みたいに、雑踏の一人一人に役が与えられてるようだ。

昨日と同じ今日。
今日と同じ明日。
でもちょっとづつ違うんだ。
じゃないとストーリーにならないだろ?
人生なんだからさ。
そんなことをぼうっと考えている。

*******************

「毎晩毎晩違うのが最高のロックンロールバンドなんだ。波があるに決まってるだろ。そうじゃないと味気のないただの直線になっちまう。心電図みたいなもんだ。わかるかい?心電図。直線だっていうのは、つまり死んでるってことなんだよ」

これはキースリチャーズの名言。

*******************

カバンから出した、よれよれのスケッチブックは、さっきから開けっ放しのまま、白いカンバス(可能性とかっていう悪意すら感じるほどの白さ)を晒している。微かにプレッシャーを感じている。今日は秋に発表するソファのラフデザインに手をつけなきゃいけない。

テーマは決まっている。
でも、手が進まない。

コーヒーをまた一口飲んだ。
2Bの鉛筆を手の中でくるくるまわす。

*******************

まな板の上に、なんとまあ大きな桃がのっかっておることでしょう。
「や、りっぱな桃だ。日本一の桃だ。」
おじいさんがびっくりして言いました。
そして、片手にもう、ほうちょうを持っているおばあさんをとめました。
「待て、待て。すぐ食べるのは惜しいじゃないか。」

それから、どのくらい長く、ふたりは桃をながめたでありましょうか。つまり、桃をながめてはごはんを食べ、ごはんを食べては桃をながめました。

*******************

「人生の中心に居るソファ」
それが今回のテーマだ。
人生とは何だ。そう考えて、僕はそれを5つの切り口に分けてみた。
「愛、夢、憧れ、挫折、再生」
大仰が過ぎる。
そんなデザインできっこないだろ。
自分に毒づく。
鉛筆をポイッと放る。

*******************

夢。
僕には夢がある。
日本のインテリアブランドが世界の中心で大活躍する姿を見ることだ。いや、変に謙遜するのはやめよう。僕らのブランドが世界に大歓迎されることだ。

愛。
僕はこれまで、どれだけの人と出会ってきたのだろう。彼らはみなそれぞれの想いや情熱を抱いて、僕の部屋のドアをノックした。戸口の前で、少し待って不在を知って帰る人。しばらく部屋にいたけど、ちょっと居心地が悪くなって帰った人。先客に遠慮をして帰った人や来客に遠慮して帰った人。

そして、
今ここにいる人。
今もここにいる人。
大事な人。
大事な仲間。
間違いない、僕はその全ての人を程度の差こそあれ、
愛している。

憧れ。
I+Stylers、Time & Style、Idee。
Queen、The Rolling Stones、David Bowie。
村上春樹、山川健一、Robert A. Heinlein。
熱にうなされ続けた。
そうなりたかったけど、
ならなかった。

ある日、
そうなりたいのか?と心に聞いたら、ほんの少しだけ彼らより自分の方が好きだということに気づいてしまったからだ。

挫折。
僕は28歳の時に仕事で大きな挫折をしている。
大洗海岸に営業車を止めて、何時間も泣いた。
詳しくは書けないけど。
初めて自分が世界の中心ではないと知った日だった。
やがて、夕方になった砂浜に出て、僕は鬼になろうと思った。
仕事に狂ってしまおうと誓った。
そして今の僕がある。
良いにつけ、悪いにつけだけど。

再生。
これはいまだ、わからない。
でもイメージはある。

葉山から逗子に抜ける小坪トンネル。
車で走っていると、昏い道の先にポツンと光が灯り、急にワッと海が広がる。江ノ島が見えて、その先には家がある。

またはチェーホフのワーニャ伯父さんのラスト。
「一息つけるでしょう。天使の声が聞こえるでしょう・・」
または魔女の宅急便のコピー
「おちこんだりもしたけれど、私は元気です」

*******************

カフェの音。
さやさやとさんざめくたくさんの会話たち。
銀食器がふれあう音。
それらが少しだけ遠く聞こえる。

今日の朝出掛けに読んだ桃太郎の話を、ふと思い出した。昭和52年に岩波から刊行された、桃太郎のオリジナル(?)だ。子供用の絵本では端折られている部分がやけに詳しく描いてある。

*******************

「それから、どのくらい長く、ふたりは桃をながめたでありましょうか。つまり、桃をながめてはごはんを食べ、ごはんを食べては桃をながめました。」

*******************

おじいさんとおばあさんは、なんでまた、そんなにも長い間をかけて桃をながめ続けたんだろう。すぐに食べずに大事に大事に見つめていたって、そんなくだり初めて聞いたけど。

メッセージなのではないだろうか?考えれば考えるほどそんな気がしてくる。

*******************

鉛筆をしまった。

あきらめたよ。今日はもう描けない。無いものを無理に引き出してはいけない。無いものを引っ張りだしたら、「無」が生まれてしまう。そうしたら秋の新作が「無の中心に居るソファ」になってしまう。

そんなの・・なんか怖い。

椅子に掛けたジャケットを掴んで立ち上がった瞬間。
「あれ?」
ブルッと震えた。

「彼らは・・・中身が無いからながめ続けたのか?」

中に桃太郎が居なかったから、ながめたのか?
いや。
ながめたからこそ、桃太郎は桃に入ったのか?

桃太郎がメタファなのだとしたら、眺めるという行為は、彼らが彼らの人生に希求して止まなかったもの、つまり、愛であり、夢であり、憧れの転嫁だったのではないだろうか。そしてそこには、挫折という現象が大きく影響を及ぼしていて、だからこそ、再生への願いに満ちあふれている。

それなら桃太郎は・・・。

「人生そのものだ」

そうだよ。
人が産み出すものには、必ずその人の人生が詰まっているんだ。

なるほど。僕は心の中でつぶやいて、渋谷・・予定調和の雑踏に飛び込んだ。今ならソファの線が描けそうな気がした。でも、もう外に出ちゃったしな。ま、明日でもいいか。彼らのように、もう少しだけ眺めてみよう。フッと・・本当にだいじな何かが入ってくれるかもしれないから。

耳元。
キースが相変わらず独特のリフを刻んでいる。そこかしこに春の陽だまりが暖かく咲いていた。僕はなにかちょっと楽しい気持ちになって、キースに合わせて口笛を吹いた。



2014年1月10日金曜日

冬の影

天気予報士が今年一番の寒さと言っている。僕はメジャーと三角スケールを持って電車にのりこんだ。いろんな事情が重なり、今日は現調に行かねばならない。行く先は奥多摩。ド田舎だ。なぜ僕(社長)自ら一般客の現調に行かなければならない?どうしてこんな事になったんだっけ?考えながら青梅線からの景色を眺めていた。

毎日各店から日報が届く。その額は数百万、時には一千万を超えることもある。僕の日課はそれをまとめながら、各店の店長やマネージャーに今後の指示をする。これが基本的な仕事だ。常に企画、商品構成、コネクション作りに従事し、どこかに無駄がないか、どこかに機会損失がないか、虎視眈々と見ている。つい先日もある店長に「そんな単価の案件に経費をかけ過ぎだ。無駄な現調に行くだけでどれだけの利益を損していることか」と注意したばかりだ。

奥多摩の案件は、それを言うなら確実に無駄な動きだな。そう思って一人苦笑した。今から向かう客宅の奥さんは予算に厳しい。しかも、今回のオーダー家具はちょっとした整理棚だ。10万円にもならないだろう。…と書くと、なんだ君は、売上高でお客様を差別するのか?とか言われそうだ。いや、差別などしない。しかし、僕のするべき仕事ではないとは思う。

ではなぜ今僕は奥多摩に向かっているのか?誰かに任せても良かったのに。

自分でもよく分からなかった。

降りた駅には人がいなかった。犬も猫もいなかった。ただ澄んだ冬の大きな空が広がっていた。Googleマップを片手に早足で歩く。幸い物件は駅から近かった。5分で着いた。奥さんが外で待っていた。青山のお店で会った時とは様子が違う。もっとキツイ表情じゃなかったかな。なんかほのぼのとした顔をしてるぞ。

ここに書棚が欲しいのよう。奥さんが指差した扉脇のちょびっとした場所。目算で読みが正しかったことを知る。10万いかないな、うん。コタツに入り、ザッとしたデザインをする。ご夫婦は真剣に聞いている。説明、質問、線を引く。そのデザインに対する質問、それに答える、を繰り返す。
コッチ、コッチ
…って古時計の音が静かに響く。

突然、僕は既視感に捉われた。なんか昔、こんなことあったな。コタツに入って、スケッチ書いて、それを、ご夫婦が真剣に覗き込んでいて、猫やら犬が僕に乗ってきて…。ここには猫やら犬はいないけど。そっか。そうだ思い出した。茅ヶ崎だ。独立したての頃はいつもこんな仕事のスタイルだったよな。なんか家具作るものないですか?って家を訪問したりして。いつもこんな感じのシチュエーションだった。

10万円の仕事なんて超嬉しかったよ。お金にならない仕事もたくさんしたな。その日の売り上げ全部居酒屋で使って、それでも、明日また売りゃいーじゃんって笑ってたな。お客さんとよく喧嘩した。俺はそんなもん作んねーとか平気で言ってたからな。

顔が変に熱くなってきて、奥さんに心配された。暑い?いえ。昔、こんな風に仕事してたな〜ってふと思い出しまして。正直に答えたら、あら、それは良かったわね。サラッと彼女は言った。大事なことよ。そう言ってまた笑った。

お宅を後にして、トボトボと駅に戻る途中。地面にクッキリ映る自分の影に、ふと立ち止まった。未だ目の周りが熱かったけど、泣くまでには至らなかった。泣く理由なんかないし。

冬の陽射しに映る影は濃くて暖かいな…。

とか…そんなことを、ただボンヤリと考えていた。