2014年3月21日金曜日

子供たちへ




たとえば、

もし、この世の色が青一色しかなかったら、青という色は存在し得ない。比較対象が存在しないなら、主体そのものも、その存在の意味を失うからだ。同様の意味において、人は他者や他物との違いで存在することを許される。

協調しても、
個性をころさないように。
色をみださないように。
君の輪郭がぼやけてしまうよ?
そのアウトラインが無に溶けて存在を失う前に比較対象を見つけよう。より多くの差異を身にまとい、より鮮明に、自分を生きよう。

でも過ぎた突出には要注意。
周りの色を消してしまうよ。
一人になってもまた、自分の存在を見失うから。

今日は暖かいね。
春だからな。
さあ、今よりずっとあこがれよう。
そしてもっと嫉妬もしよう。
ほかほかした陽だまりに涙もしよう。
たくさんの夢を口にしよう。
きっと希望が生まれるよ。

その先にはきっと、ピースがあるから。
世界が君らを待っているから。

ピース!!

青年期の終わり

ちょっとしたお知らせですが。
このたび、僕は現場販売から卒業することを決めました。

建材業界を辞め、家具の世界に飛び込んだ30歳の春。その社長に「まったくふてぶてしい新人だな君は、もっと謙虚になれ、どっちが社長かわからないじゃないか。しかし販売の腕は認める。まったく家具を売る為に生まれてきた男だな」と言われ、「まぁ、努力してますんで」と耳をほじりながら答えたあの日から早15年。来る日も来る日もお店に立ち、いつしか東京のカリスマと呼ばれ始めても驕ることなく、いやそれは嘘、傲り高ぶりながら、と言っても、もちろんすべてにおいて上手く行くことなんかなくて、挫折成功挫折成功のミルフィーユをほおばり・・。でも、家具販売という一点においては曇りなく正直に一期一会の接客をさせていただいて来ました。

それももう終わりです。

僕はこれより、真似事経営者から真の経営者を目指します。
当年持って46歳。青年期の終わり。本当に良いタイミングだと思います。

僕から家具を買ってくれた、万(数えました。大げさではありません)を超えるお客様へ。本当にありがとうございました。そして、お使いの作品ともども、これからもCROWNをよろしくお願いいたします。

家具業界の皆様へ。暴れますよ、僕は。
お楽しみに。

あ、あと前社社長へ。
僕は、あの時あなたが言った「家具を売る為に生まれてきた男」って言葉が本当に本当に嬉しかったんだ。辛いときも苦しいときもずっと心の支えにしてきました。あの時、ふてぶてしくしてすみません。照れてたんだと思います。いやいや、ちゃんと言おう。

ありがとうございます。










2014年3月19日水曜日

桃太郎はいつ桃に入ったのか





渋谷のスクランブルを見下ろしながら、コーヒーを飲んでいる。
イヤホンからはキースリチャーズのギター。相変わらず独特で気まぐれなリフを刻んでいる。

雑踏はとどまることがない。

みんな、どこから来てどこに行くんだろう。
まあ、どこからか来てどこかへ行くんだろうけどさ。
上から見るとちょっとした予定調和のように見えるな。
演劇みたいに、雑踏の一人一人に役が与えられてるようだ。

昨日と同じ今日。
今日と同じ明日。
でもちょっとづつ違うんだ。
じゃないとストーリーにならないだろ?
人生なんだからさ。
そんなことをぼうっと考えている。

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「毎晩毎晩違うのが最高のロックンロールバンドなんだ。波があるに決まってるだろ。そうじゃないと味気のないただの直線になっちまう。心電図みたいなもんだ。わかるかい?心電図。直線だっていうのは、つまり死んでるってことなんだよ」

これはキースリチャーズの名言。

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カバンから出した、よれよれのスケッチブックは、さっきから開けっ放しのまま、白いカンバス(可能性とかっていう悪意すら感じるほどの白さ)を晒している。微かにプレッシャーを感じている。今日は秋に発表するソファのラフデザインに手をつけなきゃいけない。

テーマは決まっている。
でも、手が進まない。

コーヒーをまた一口飲んだ。
2Bの鉛筆を手の中でくるくるまわす。

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まな板の上に、なんとまあ大きな桃がのっかっておることでしょう。
「や、りっぱな桃だ。日本一の桃だ。」
おじいさんがびっくりして言いました。
そして、片手にもう、ほうちょうを持っているおばあさんをとめました。
「待て、待て。すぐ食べるのは惜しいじゃないか。」

それから、どのくらい長く、ふたりは桃をながめたでありましょうか。つまり、桃をながめてはごはんを食べ、ごはんを食べては桃をながめました。

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「人生の中心に居るソファ」
それが今回のテーマだ。
人生とは何だ。そう考えて、僕はそれを5つの切り口に分けてみた。
「愛、夢、憧れ、挫折、再生」
大仰が過ぎる。
そんなデザインできっこないだろ。
自分に毒づく。
鉛筆をポイッと放る。

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夢。
僕には夢がある。
日本のインテリアブランドが世界の中心で大活躍する姿を見ることだ。いや、変に謙遜するのはやめよう。僕らのブランドが世界に大歓迎されることだ。

愛。
僕はこれまで、どれだけの人と出会ってきたのだろう。彼らはみなそれぞれの想いや情熱を抱いて、僕の部屋のドアをノックした。戸口の前で、少し待って不在を知って帰る人。しばらく部屋にいたけど、ちょっと居心地が悪くなって帰った人。先客に遠慮をして帰った人や来客に遠慮して帰った人。

そして、
今ここにいる人。
今もここにいる人。
大事な人。
大事な仲間。
間違いない、僕はその全ての人を程度の差こそあれ、
愛している。

憧れ。
I+Stylers、Time & Style、Idee。
Queen、The Rolling Stones、David Bowie。
村上春樹、山川健一、Robert A. Heinlein。
熱にうなされ続けた。
そうなりたかったけど、
ならなかった。

ある日、
そうなりたいのか?と心に聞いたら、ほんの少しだけ彼らより自分の方が好きだということに気づいてしまったからだ。

挫折。
僕は28歳の時に仕事で大きな挫折をしている。
大洗海岸に営業車を止めて、何時間も泣いた。
詳しくは書けないけど。
初めて自分が世界の中心ではないと知った日だった。
やがて、夕方になった砂浜に出て、僕は鬼になろうと思った。
仕事に狂ってしまおうと誓った。
そして今の僕がある。
良いにつけ、悪いにつけだけど。

再生。
これはいまだ、わからない。
でもイメージはある。

葉山から逗子に抜ける小坪トンネル。
車で走っていると、昏い道の先にポツンと光が灯り、急にワッと海が広がる。江ノ島が見えて、その先には家がある。

またはチェーホフのワーニャ伯父さんのラスト。
「一息つけるでしょう。天使の声が聞こえるでしょう・・」
または魔女の宅急便のコピー
「おちこんだりもしたけれど、私は元気です」

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カフェの音。
さやさやとさんざめくたくさんの会話たち。
銀食器がふれあう音。
それらが少しだけ遠く聞こえる。

今日の朝出掛けに読んだ桃太郎の話を、ふと思い出した。昭和52年に岩波から刊行された、桃太郎のオリジナル(?)だ。子供用の絵本では端折られている部分がやけに詳しく描いてある。

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「それから、どのくらい長く、ふたりは桃をながめたでありましょうか。つまり、桃をながめてはごはんを食べ、ごはんを食べては桃をながめました。」

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おじいさんとおばあさんは、なんでまた、そんなにも長い間をかけて桃をながめ続けたんだろう。すぐに食べずに大事に大事に見つめていたって、そんなくだり初めて聞いたけど。

メッセージなのではないだろうか?考えれば考えるほどそんな気がしてくる。

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鉛筆をしまった。

あきらめたよ。今日はもう描けない。無いものを無理に引き出してはいけない。無いものを引っ張りだしたら、「無」が生まれてしまう。そうしたら秋の新作が「無の中心に居るソファ」になってしまう。

そんなの・・なんか怖い。

椅子に掛けたジャケットを掴んで立ち上がった瞬間。
「あれ?」
ブルッと震えた。

「彼らは・・・中身が無いからながめ続けたのか?」

中に桃太郎が居なかったから、ながめたのか?
いや。
ながめたからこそ、桃太郎は桃に入ったのか?

桃太郎がメタファなのだとしたら、眺めるという行為は、彼らが彼らの人生に希求して止まなかったもの、つまり、愛であり、夢であり、憧れの転嫁だったのではないだろうか。そしてそこには、挫折という現象が大きく影響を及ぼしていて、だからこそ、再生への願いに満ちあふれている。

それなら桃太郎は・・・。

「人生そのものだ」

そうだよ。
人が産み出すものには、必ずその人の人生が詰まっているんだ。

なるほど。僕は心の中でつぶやいて、渋谷・・予定調和の雑踏に飛び込んだ。今ならソファの線が描けそうな気がした。でも、もう外に出ちゃったしな。ま、明日でもいいか。彼らのように、もう少しだけ眺めてみよう。フッと・・本当にだいじな何かが入ってくれるかもしれないから。

耳元。
キースが相変わらず独特のリフを刻んでいる。そこかしこに春の陽だまりが暖かく咲いていた。僕はなにかちょっと楽しい気持ちになって、キースに合わせて口笛を吹いた。



2014年1月10日金曜日

冬の影

天気予報士が今年一番の寒さと言っている。僕はメジャーと三角スケールを持って電車にのりこんだ。いろんな事情が重なり、今日は現調に行かねばならない。行く先は奥多摩。ド田舎だ。なぜ僕(社長)自ら一般客の現調に行かなければならない?どうしてこんな事になったんだっけ?考えながら青梅線からの景色を眺めていた。

毎日各店から日報が届く。その額は数百万、時には一千万を超えることもある。僕の日課はそれをまとめながら、各店の店長やマネージャーに今後の指示をする。これが基本的な仕事だ。常に企画、商品構成、コネクション作りに従事し、どこかに無駄がないか、どこかに機会損失がないか、虎視眈々と見ている。つい先日もある店長に「そんな単価の案件に経費をかけ過ぎだ。無駄な現調に行くだけでどれだけの利益を損していることか」と注意したばかりだ。

奥多摩の案件は、それを言うなら確実に無駄な動きだな。そう思って一人苦笑した。今から向かう客宅の奥さんは予算に厳しい。しかも、今回のオーダー家具はちょっとした整理棚だ。10万円にもならないだろう。…と書くと、なんだ君は、売上高でお客様を差別するのか?とか言われそうだ。いや、差別などしない。しかし、僕のするべき仕事ではないとは思う。

ではなぜ今僕は奥多摩に向かっているのか?誰かに任せても良かったのに。

自分でもよく分からなかった。

降りた駅には人がいなかった。犬も猫もいなかった。ただ澄んだ冬の大きな空が広がっていた。Googleマップを片手に早足で歩く。幸い物件は駅から近かった。5分で着いた。奥さんが外で待っていた。青山のお店で会った時とは様子が違う。もっとキツイ表情じゃなかったかな。なんかほのぼのとした顔をしてるぞ。

ここに書棚が欲しいのよう。奥さんが指差した扉脇のちょびっとした場所。目算で読みが正しかったことを知る。10万いかないな、うん。コタツに入り、ザッとしたデザインをする。ご夫婦は真剣に聞いている。説明、質問、線を引く。そのデザインに対する質問、それに答える、を繰り返す。
コッチ、コッチ
…って古時計の音が静かに響く。

突然、僕は既視感に捉われた。なんか昔、こんなことあったな。コタツに入って、スケッチ書いて、それを、ご夫婦が真剣に覗き込んでいて、猫やら犬が僕に乗ってきて…。ここには猫やら犬はいないけど。そっか。そうだ思い出した。茅ヶ崎だ。独立したての頃はいつもこんな仕事のスタイルだったよな。なんか家具作るものないですか?って家を訪問したりして。いつもこんな感じのシチュエーションだった。

10万円の仕事なんて超嬉しかったよ。お金にならない仕事もたくさんしたな。その日の売り上げ全部居酒屋で使って、それでも、明日また売りゃいーじゃんって笑ってたな。お客さんとよく喧嘩した。俺はそんなもん作んねーとか平気で言ってたからな。

顔が変に熱くなってきて、奥さんに心配された。暑い?いえ。昔、こんな風に仕事してたな〜ってふと思い出しまして。正直に答えたら、あら、それは良かったわね。サラッと彼女は言った。大事なことよ。そう言ってまた笑った。

お宅を後にして、トボトボと駅に戻る途中。地面にクッキリ映る自分の影に、ふと立ち止まった。未だ目の周りが熱かったけど、泣くまでには至らなかった。泣く理由なんかないし。

冬の陽射しに映る影は濃くて暖かいな…。

とか…そんなことを、ただボンヤリと考えていた。




2013年12月4日水曜日

家具屋とインテリアショップ


日本には家具屋(販売店)さんが一万店(弱)もある。

でも、僕はこのカテゴリーは二つに大別できると思っている。

インテリアショップと家具屋だ。

簡単に言えば、

家具屋は家具メーカーが作ったものを仕入れて販売する。
インテリアショップは、
自ら家具を設計デザインし
家具メーカーに作ってもらって、
自らが定価を設定し販売する。

もちろん、そのハイブリッドのショップも存在するが、
要素としてはその二つだろう。

この二者はマーケットの捉え方が根本的に大きく違う。

家具屋はマーケットを見据えて売れるものを仕入れる。
インテリアショップは自分が作りたいものを作る。

家具屋は偏差値50を狙い、
インテリアショップは高偏差値商品を作ることに喜びを感じる。

つまり、

家具屋は売上高が上がり、売り場面積、または組織の規模が大きくなる。
インテリアショップは時代のエポックとなり得るが、業態は小さいままだ。

ちなみに僕の会社はインテリアショップでありたいと思っている。






2013年9月14日土曜日

木の心。そしてテーブルの力。


秋になると思い出すエピソードがある。
今も僕らの心に残る実話だ。

15年ほど前、僕らがまだ雇われで、
アブソリュートに駆け出しだった頃の話。

「店長大変です!!」

暑い夏の終わりかけのある日、僕の所に息をきらして駆け寄ってきた新人の女の子、ナツが言った。「へ、変な人がいますっ」「ん?」「ウォールナットの一枚板の前で動かない人がいるんです」「動かない?その板を気に入ったんじゃないの?」「ちょっと違う感じで・・」「違う?なにが?」見に行った。柱の影からそっと覗く。その男は3mの一枚板(厳密に言うとブックマッチ)の前で両手を板に突いてジッとたたずんでいる。「あの状態でもう30分近く動かないんですぅ」「30分?」たじろいだ。よく見ると確かに異質なたたずまいだ。「声かけてこいよ、ナツ」「やです」「じゃーイクちゃん?」「僕もちょと・・」「俺かよ?」

ドキドキしながら近づいた。「あのー」声をかける。男が振り向いた。わー、すごくイケメンだー。サングラスをかけた男は僕の方を向いてニッコリと笑った。「この板はウオールナットという木で・・」ご説明を始める。その男の人は柔和な笑みを口に留めて僕の説明を聞いてくれた。「確かに3mですから入れるお部屋を選ぶと思いますが・・」ひとしきり話したあとで沈黙が訪れる。秋の日差しがテーブルと彼に降り注いでいて、ちょっと時間が止まった感じがした。

「どうでした?」とナツ「いや何か・・何も話さなかった。ふぃっと帰っちゃった」「殺し屋ですよ、きっと」「優しそうな感じだったけど」とイクちゃん。「そうだな。ちょっと不思議な人だった」「芸能人じゃないですか?」「うーん見覚えはないけどな。まあ、もういいよ。仕事しよう」

一週間後・・。

「店長ーーー!!」またナツが飛んできた。やかましいな。今度はなんだよ?
「ふ、ふ、増えてますーー」何が?何が増えた?

例の3mの一枚板に2人が手を突いている。
しかも2人とも今度は両手を突いていた。

「・・・増えてるな」「はい」「ずっとか?」「ずっとです」「・・まずいな」「はい。まずいです、というより怖いです」「何かを吸い取ってるように見えるぞ」「うわーうわー」「2人揃ってサングラスって・・」「店長お願いします」ナツもイクちゃんも青森君も僕の背中を押す。「分かった行ってくる」「殺されないでね」後ろでナツのか細い声が聞こえた。

僕が近づくと男がニッコリと笑った。女性も同じように・・むむっ女性も美形だ。美男美女は僕に勧められて椅子に座り、初めて口を開いた。

つまり・・2人とも目が見えないのだそうだ。遺伝性の特殊な病気で、2人はそのリハビリ施設で出会った。人生を絶望するには2人ともまだ若く、さんざん悩んだ末、ある仕事を立ち上げることにした。同じように目の障害を持つ人たちに仕事を斡旋する事業だ。立ち上げるまでにさまざまなハードルがあったという。しかし彼らはそのことごとくに打ち克ち、この秋、近くに事務所をオープンさせるのだという。そしてその事務所のデスクを探していた。

「たまたま僕がこのお店に通りがかって、このテーブルに出会ったんです。手を置いたら本当に暖かくて・・ちょっと動けなくなるくらい。ご説明を聞いて、長く生きてきた本当の木だからこその温もりなんだなって。それで相方を連れてきたんです」女性が僕の方を向いて照れたように笑った(視線は少しずれていた)。「ステキです。辛いことが全部何でもないことのように思えます。このデスクに手を置いていると・・」「でも98万はどうしても出せません。もう僕らにはほとんどお金が残ってなくて」「安くしてもらおうって2人で話してたんですけど・・でもそれはこの木に悪いような気がして」ね?と言って女性が男に笑いかけた。男も女性に微笑んだ。

「・・というわけだった」僕は2人にお茶を出して、ひとまずバックヤードに戻ってきていた。ナツもイクちゃんもジーンとしている。「差し上げましょう」涙目でナツが言った。「んなわけいくか」「社長に電話して相談しましょう」とイクちゃん。「わかった。そうしよう」

社長の答えはNOだった。他のお客様に不公平とかそんな理由だっと思う。僕はガックリして2人のもとに戻った。それを伝えようとすると、男が遮るように言った。「実は、僕ら結婚できないんです」「へ?」「この病気は遺伝の可能性もあるし、そもそも目の見えない者2人の結婚は制約が多すぎて、基本的にタブーなんです」「はぁ・・」「それで、今2人で話してたんですけど、結婚費用だと思ってこれを・・その・・いただこうかって」「え・・?」ちょっと一瞬頭が回らなかった。理解したとたんに泣きそうになった。「でも、今は本当にお金がなくて・・。4ヶ月後に買いにきます」「お取り置きはできますか?」「も・もちろんです」「じゃあ、12月24日に届けてください」「クリスマス・・ですか?」「はい。2人から2人へのクリスマスプレゼントにします」

そして、
毎日の忙しさに、そんなこんなをすっかり忘れていた1年後。
同じように
暖かい三連休の秋の日。
ナツが涙ぐんで持ってきた一通の手紙。

同封されていた写真。

光の差し込む明るい事務所。
その間取りにはちょっと大きすぎるテーブル。
小さなクリスマスツリーの横で、
かしこまってファインダーを見る2人。

同封されていた手紙

先日はお世話になりました。
僕らの仕事は順調です
あと、報告です

私たちこの秋に結婚しました。






















2013年9月10日火曜日

岬の向こう

「野田君、少し昔話をしてもいいかな?」

その老人は介護用のベッドに横たわり、少し咳込みながら静かに言った。彼の療養所兼自宅は逗子の海が見える高台にあって、窓の外には軍艦のような入道雲と出港していく船が小さく見えた。


「店舗を増やして大型化を目指すか、今ある数店舗を充実させていくか」

当時、僕が悩み抜いていたその問いのアドバイスを、ある人物に求めてご自宅へお伺いした、ひどく暑かった夏の日の話だ。

老人は・・・。
彼方遠くを見つめながらひっそりと話し始めた。


「遠い昔の話だ。小さな高速艇に乗っていた時代だな。私たちはまだ若く、世界は希望と混沌に満ちていて、一寸先さえ見ようとしなかった。たった数名のお客様を海岸から岬の先に渡すだけの仕事だったが、私たちの仕事ぶりの評判は非常に高く、いつも順番待ちの状態だった。そんなある日仲間の一人が言った。

「なぁ、あの水平線の向こうには何があるのかな。楽しいことが待ってる気がするんだよ。で、提案だけど、岬の向こうまで行こうぜ、商売を広げる時が来たんだよ」

岬の向こうは海流も悪いし岩場も多い。分かってはいたが、血気盛んな私たちは何の計算もなく仕事の枠を広げた。岬の先を目指したんだな。

私たちは、すぐに自分たちの思慮の浅さを痛感した。うまく行く事もあったが、ほとんどは挫折の連続だった。お客様へのサービスもおざなりになって、自分たちの名誉を維持するためにだけ血の汗を流しているような気さえしてきた。一番こたえたのは仲間数人の離散だ。彼らは言った。「俺たちは岬の仕事に戻るよ」私を含めた残された仲間は毎晩散々語り合った。なぜ、こんなに辛いのか、そして・・・

『なぜ、こうまでして先に進まなければならないのか』

より大きな商売にして、より多くのお客様に快適を届けるため・・。しかし、そんな美辞麗句は空虚に響いた。誰もが思っていた。そんな上滑りな理由なんて本当は嘘っぱちだって。結局私たちはさっぱり分からなかったんだ。夜が明けて、それでも歯を食いしばって今日も仕事に出かけて行くその理由が。

そして、幾年かの年月が流れた。私たちの事業はまだ奇跡的に自分の脚で立っていた。会社の船は大きくなり、数も増えていた。政治的な仕事も増え、噂を聞きつけて、いろんな人たちが集まって来た。誰もが私たちを指して成功者だと言った。当然生活は安定してくる。でもその代わり、私たちの筋力は少し衰え、髪に白髪も混じってきた。私たちはいろんな人々に利用され、利用していった。岬の頃の昔話が増えて来た。「あいつらどうしてるかな?」「あんなお客さんいたよな」結局みんな思っていたんだ。どうしてあの頃の充実感がないんだろうって。辛い。そしてこれは永遠に続くんだろうなって。事業はもうここまででいいじゃないか。胸を張ろう。私たちは充分良くやったさ。

しかし、ある日。私たちは突然発見する。若い頃の自分たちに良く似た目を持っている若者たちが身内に居る事を。荒々しく舳先に立ち、ひたすら一心に、未来へ目を向ける若者たち。彼らはうつむいた私たちの見えないところで、しっかりと育っていたのだ。長い年月の間、もうずっと長い間、語らうべき話題なんてなかったのに、私たちは再び彼らの事を熱心に話し始めた。語りながらなぜか涙が止まらなかった。まだ稚拙で未熟な若者たちは、放射する情熱というただ一点において私たちを肯定し救ったのだ。私たちはもう一度水平線の向こうに目を向け始めた。なあ、まだ行けるよな?今度はあいつらのために・・。仲間の一人が顔をくしゃくしゃにしながら言った。みんながいっせいに頷いた。互いの手を握り合った。大丈夫さ。まだまだ行けるぞ。まだ見ぬ水平線の向こうへ!!

さらに長い日々が流れた。今や私たちの世界は大きく広がった。だがもう見ての通り一人で立ち上がることもできないし、仲間の数人はもういない。でもな、この一生という長い年月で経験してきた挫折の一つ一つでさえ、幸せという形に代わって今この心にある。写真なんていらない。私の胸にはっきりと残っているから。そして、今なら分かる。私たちを前に進めた正体が。『なぜ、こうまでして先に進まなければならないのか』の答えが。

「なぁ、あの水平線の向こうには何があるのかな。楽しいことが待ってる気がするんだよ。」

「・・そうだ。実に、そのたった一言の言葉が長い間私たち苦しめ、前へと進めた。そのたった一言の言葉が私たちの夢となり、長い長い旅路の羅針盤となったんだ。君の質問の答えになるかは分からんが、君たちは君たちの見たいものを見に行けばいいんだよ。そして常に決して考え過ぎない事だ。正しいかどうかなんて理屈はまったく関係ない。ただ好奇心と情熱に従えばいいんだよ」

今でも夏になると、
僕は彼の話を時々思い出しては、胸が詰まるような気持ちになる。
ホームで通り過ぎる電車を見送ったり。

蜃気楼の坂道を自転車で登ったりしている時に。