2015年6月16日火曜日

東京インテリアショップ物語 番外編「畳の目」中編


若き天才、石田春吉率いるインテリアショップCOREの一代勃興史「東京インテリアショップ物語」のサブエピソード2。後に春吉の右腕となる悪魔の会計士こと武田仁成の若き苦悩を描く。

前回まで

中学生で父親を失くし、数々の不幸の反動から人の心を捨て、若くして金融の世界を極めた仁成。東大を卒業後、東京三菱銀行にキャリア入社したが、最初の担当が潰れかけの家具屋「麻布家具」であった。そこの一人娘涼子に過去の自分を重ねた仁成は、その再建計画に乗り出すが・・・。



sub-episode2
「畳の目」
中編

2章

[4代目になりたい]

その筆記に、大統領は口をポカンと開けた。

「しかし涼子。お前口がきけないんじゃ接客もできないし、だから・・・わしはとうの昔にその線はあきらめて・・・」

口がきけないなら、だれか他の人間を雇えばいいだけだ。隙間なく圧縮された販管費。でも僕がいじれば、20万くらいの人件費は捻出できるはずだ。

「そうか・・・そうか。そうだな、うん」

大統領は両手で顔を被った。
やがて大きな声で泣き出した。

しかし・・・。
泣くにはまだ早い。
まずは止血だ。

既存の人件費を徹底的に絞る。
つまりそれは、あなたたちの食卓に毎日メザシしか並ばないということだ。そして、涼子さんは大学を辞めなければならない。この会社の毎月の赤字の平均額が彼女の学費とほぼイコールだからだ。

次に銀行返済。
各銀4行の債務合計金額はこの3階建ての自社ビルの評価金額を優に越している。自社ビルも根抵当に近い状態だ。円高株安デフレ真っ最中のこの時期、ちょっとでも支払いが滞れば、どこの銀行も一括返済を迫ってくるだろう。そのリスクを回避しなければならない。まずはウチ一本に銀行を絞る。借り換えで金利を優位に再設定する。これで毎月の返済がかなりの額、軽減されるだろう。信用ならないメガバンク。しかし僕がいればなんとかなる。問題は僕の異動だが、通常あと3年は人事はないだろうから、そこは安心していいだろう。

そして、肝心の売上高だ。
麻布家具は、その売上高の8割以上を地元の中堅ホームビルダーである「笠間建設」の発注に頼っていた。最近息子が社長を継いだが、父親同士が仲がいいので、この数字は安定的に今後も変わらないだろう。問題はそれ以外だ。そもそも店舗売上げをなんとかしないと、販管費を絞ってもまったく意味がない。麻布家具の事業はPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)で言う所の「負け犬」期にあたる。負け犬状態から「問題児」期に再度移行(スパイラルアップ)する為には抜本的な新規事業開発をしなければならない。しかし考え方としては簡単だ。市場占有率と市場成長率の2軸において「問題児」(=New Methodを持ち、未成熟ながらも未来を予見させる「金のなる木」の卵)期に該当する同業他社を調べて研究し、徹底的に自社へと当てはめ直せばいいのだ。

ターゲット。
僕は、マーケットのターゲットを港区、渋谷区、新宿区、目黒区、品川区に絞った。他は捨てる。必要ない。銀行マンという仕事柄、僕らは東京の富裕層がどこにいるかを知っている。いや、区というより外苑西通りだ。品川、白金、広尾、麻布、六本木、渋谷、青山、神宮前、代々木、新宿。東京の金持ちの大半はこの道の近辺に生息しているのだ。

金持ち。
そう。このデフレのまっただ中では、セオリー通りに言って、100均かベンツしか売れない。中途半端な安物も中途半端に高いものもまったく動かない。それはウチの顧客の傾向分布図を見ても明らかだった。ウチの表参道支店が扱う中小企業は土地柄アパレルが多いが、今かろうじて動いているのは国内外のファストと表参道沿いの高級ブランドショップだけなのだ。

以上を勘案して、この麻布家具は・・・。

「大統領。この店の一番の財産はなんだと思いますか?」

大統領はしばらく考え込んで言った。

「わしの経営センスだろうか?」

ぐすんぐすん言いながら大統領がそうぶっ放した。果てしなく笑えない。涼子さんさえ豆鉄砲を喰らったような顔をしている。

「明らかに違います」

よっぽど冷たい顔をしてしまったのだろう。大統領がおどおど顔になった。

「ここの立地です」

地政学。
地理的に言って、西麻布は外苑西通りのちょうど中間地点にあたる。青山や表参道と違って車も停めやすい。そして麻布家具は、うまいことに外苑西通りからほんの少し入った行き止まりの太い道のドン突きにあった。路上パーキングも周囲に沢山ある。都内一等地における高級家具屋の集客に、駅の必要性など無意味だ。政治家たちがタクシーで群がる高級料亭と同じ。大動脈からほんのちょっと外れた車の止め易い場所。これが最も大事なのだ。

「立地?」
「まあ、まかせておいてください」

結局大統領はビルの売却をストップしてくれた。よし。あとは売上高を上げるだけだ。横にいる涼子さん、いや、株式会社麻布家具の4代目社長といっしょに前を向くだけだ。僕は隣を見た。心細げに立つ両足、しかし、しっかりとした決意の表情。僕はきっと涼子さんに惹かれ始めているんだな。他人事のようにボンヤリと思う。地味な子なんだけどな。なんでかな。笑った時の目がかわいいからかな。こういう気持ちになったのは初めてだった。中学のあの日以来、僕は金の勉強以外のすべてを捨てて来た。恋愛感情?金の道の蛇となったこの僕が?まあいいや。どっちにしろこの先の進め方なんてわからないんだ。

このままでいい。
いや、このままがいい。

彼女は僕がこもる無明の部屋のドアを開けてくれた。あの日以来、僕の体にビッシリと貼り付いていた闇が、最近日一日と、剥がれ落ちて行くのを感じる。

それだけで、僕は彼女に感謝をしている。
それだけで充分なんだ。
それ以上を望むなんて・・・。
そんなのなんか・・・。
怖いじゃないか。

それから、一ヶ月の時が過ぎた。
僕は文字通りほぼ寝ずに銀行業務と麻布家具再建計画を同時進行させて行った。少しづつだが家具業界のアウトラインが分かってきた。しかし、僕らには時間がない。つなぎ融資を引き出すために、早急に今期中の諸表を良くしなければならないのだ。だから、今、僕らに最も必要な最適化された知識だけを抽出する必要があった。

そこで僕は分類カテゴリーを用意して情報収集に当たった。経営立て直しの基本のキ。成功例を探せ!! だ。

外苑西通り近辺の家具屋であること。
路面店であること。
高級家具であること。
売上高10億以上であること。
BtoCに強いこと。
2000年前後以降に台頭してきた「問題児」であること。
バックに大会社のパトロンやメーカーがついていないこと。
原則的にワンオーナーであること。

そのソートに引っかかったのが、
南青山の「Time & Style」
外苑前の「AREA」
神宮前の「Territory」
この3ブランドだった。

そしてもう一つ。
神奈川湘南地方で破竹の勢いで伸びている家具屋があった。逗子の「CORE」(コア)という新進気鋭のブランドだ。内部情報によるとたった2年で5億の企業に育っている。神奈川の同期、仁科達夫が電話口で興奮して言った。「石田春吉ってのが社長でな、ありゃ、とにかくすごい。規格外だ。やつは化け物だぜ」しかし、神奈川と東京は商売が根底から違う。僕が参考にするのは前者の3ブランドでいいはずだった。

僕はこの3ブランドを徹底的に分析・研究をした。商品デザイン、価格帯、販売形態、販売力、広告方法。おぼろげながら感じた。この3ブランドはどこか似ている。そして中でも気になるのが、5年前に逗子(COREと同郷だった)から神宮前に進出してきたTerritory(テリトリー)だ。売上高こそまだ10億ちょいだが、何かしらマグマのような内部エネルギーを感じた。社長の名は武藤健一。慶應卒の秀才だという。

「武藤健一?ああ、Territoryの社長ね。あいつはうまいことやってるよね」

表参道の地下バー「セレンディピティ」。

禁酒法時代を彷彿とさせる見事な空間演出が人気のバーだ。このバーはインテリア系の人間が夜ごと集まるのでも有名だった。マスターのタカユキがシェイカーを振っている。その美しい動作に目を奪われながらも、僕は目の前の人物に意識を戻した。株式会社コラボスタイル代表、北原良一。SCを中心に大量の店舗展開をしている業界の大人物だ。北原氏は自慢のハットを被り直しながら言った。「まあ、僕は野田君が友達筋だからね、あ、AREAの社長ね、武藤君は彼のライバルでしょ?それくらいしか僕は知らないな。宇佐見さんに聞いてみれば?」カウンターでスーツを綺麗に着こなしている男を指差した。日本ベットの宇佐見社長だ。「武藤さん?どうしてですか?ああ参考に・・・あなたは?麻布家具?・・・ええ。知っていますよ。昔はよくお付き合いさせて頂いていました。なるほど」と、その時、その隣の連れが身を乗り出してきた。「武藤さん?テリトリーの?彼なら今度、東家連(東京家具連盟)で講演してもらいますよ。というか麻布家具さんは会員じゃなかったかなあ」と言って名刺をくれた。丸彦家具の小暮社長、三軒茶屋か。世話好きそうないい人だな。その小暮さんに講演会のチラシをもらった。

[ 記念講演会]

「今、消えゆく家具屋、その傾向と対策」

講師
武藤健一氏
株式会社Terrytory 代表


こ、これは・・・。
まさに今僕らが必要としている内容の講演じゃないか。

「あの、小暮社長、これ僕たちがおじゃましてもいいでしょうか」
「僕たち?」
「はい。私と、涼・・あ、いえ、社長で」
「いいですよ。ぜひ来て下さいよ」

その時、店のドアが乱暴にバタンと開いた。

「おー本当だ。お歴々が勢揃いだな、こりゃすげーや」

大きな声でズカズカと入ってくる若い男がいた。
2人連れだ。
後から来る顔は見覚えがあるぞ。
フランスベッドの池田社長だ。
しかしこの大声の若い男。
暗い店内で、僕は目を細めた。
ピシッピシッ。
小柄な体躯から電流みたいな何かが迸っていた。もちろん錯覚なのだが、こんな種類のオーラは初めて見る。大抵、大人物のオーラとは、その人物を包むように大きく膨張して沸き上がる何かで、大抵は包み込むその主人を巨大に見せるものだ。
雷属性か?こいつは。
異常な熱気も感じた。
いずれにしても常人ではないのは分かる。
「どうも」
宇佐見社長が会釈を池田社長に投げた。
「いや、なんか面白い若いもん拾っちゃってな、ここの話をしたら連れてけってうるせーからよー、つれて来たんだよぅ」
池田社長が人好きのするいい笑顔で笑いながら、宇佐見社長の隣に座った。
「家具なんて先はねぇってのに、なんかこいつはやる気なんだよね、わかる?」
僕は宙ぶらりんのままその場に立ち尽くした。
その前をその若い男が通り過ぎる。
通り過ぎながら僕をジロリと見た。
ん?僕を見る目が止まる。
「お前・・・」
男が呟いた。
僕との距離50cm。
その男がさらに顔を近づけてきた。
男は僕の目を直視した。
「その目・・お前もか?」
「は?」
僕が眉を寄せると、
その男がハハッと笑った。
鮮烈なほど魅力的な笑顔だった。
「いずれな・・・お前とは近いうちにまた出会うだろう」
男はそう言うと、僕の前を離れ、狭い店内の真ん中に立ち…。

大声をあげた。

「株式会社CORE代表、石田春吉。弱卒者ではございますが、来年からこの青山でお世話になります。ひとつお見知りおきを!!」

両手を両腿の外側にピシッとつけた。
90度に腰を曲げてお辞儀をし、
そして、すぐに頭を上げると、
顔全体でニカッと笑った。

「失礼な奴だな」
僕の横で小暮社長がボソッと言った。

「こいつが石田春吉・・・」

同期の仁科達夫のセリフが頭に蘇った。『ありゃ、とにかくすごい。規格外だ。やつは化け物だぜ』

僕は戦慄した。
本当だ。
僕の眼を持ってしても中身が見えない。
なるほど。
確かに化け物かもしれない。

そうか。ついにCOREも青山進出か。暗い店内で、僕は人知れず、何かが起きそうな予感に体をブルッと震わせた。

☞ つづく