2015年6月2日火曜日

渋谷のタヌキと魔法の夜



青山に本店があるインテリアショップ。
念願の会社に就職して3年が経った。

毎日が同じ繰り返しだ。
いまだにチラシ配りだしさ。

仕事が単調すぎて、
今は正直つまらないと思っている。
夢見た仕事と違った。
僕には合ってないんじゃないかな。
インテリア。

ずっと下積み作業なんだもんな。
このモノクロの生活から抜け出したいな。
最近はそんなことを毎日考えている。

渋谷。
さっきまでビックカメラの横の居酒屋で、
大学の友達と飲んでたけど、
抜け出してきた。

体調が悪いのかな。
すごく酔っぱらった。
世界がぐるぐる回っている。
渋谷がぐるぐる回ってる。

みんな社会人になって、
僕よりぜんぜん充実している感じがした。
「いやー俺ビックプロジェクト任されちゃってさ」
「えーすごーい」
端っこの席でそんな友達の自慢話をずっと聞いていた。
なにがビックプロジェクトだよ。
気分が滅入る。
ここんとこ同じ理由でfbからも遠ざかってる。
来なきゃ良かった。
人嫌いになりそうだよ。

こうやって駅前のスクランブルに立つと、
ホントに一人になった気がした。
なんだこれ?
すごく怖いな。
こんなに大勢の人間がいるのに・・・。
なぜだろう?
まあ、あれだ。

大勢の人間がいるからだな。

人がなにやら恐ろしいものに見えてきた。
この人たちって・・・。

どこから来て、
どこにいくんだろ?

人は嫌いだ。
一人になりたいな。

故郷の空を思いながら歩く。
あの川沿いの土手。
今も緑であふれているだろうか。
たった一人でポチッと座っているだけで、ホッとした気持ちになった。


携帯のLINEのアイコン。
表示4件。

「どこ消えてんだよ?」
これは雄二。
押しが強くていやな奴。
いつも僕に絡んでくる。

「明日am9:oo店集合。勉強会」
これは会社のアキラ先輩。
いつも上司にペコペコしてる情けない人。

「いつの間にかいなくなっちゃってどうしたの?」
スタンプ挟んで、
「みんな探してたよ?」
これは理沙ちゃん。
大学のとき2ヶ月だけ付き合った女の子。
一方的にフラれた。
理由はいまだに知らない。
いまだに聞けない。

僕は肝心なことをいつも聞けない。

千鳥足。
提灯がぶらぶら揺れる、
飲んべえ横町を抜けて、
宮下公園の入り口。
自販機でなんか買お。
ポケットの小銭。
引っ張り出そうとしたら、
バラってこぼれた。
拾おうと思ってかがんで、
植え込みの土の匂い嗅いだ途端、

・・・吐いた。

自分のゲロを見て・・気持ちが・・。
なんか、もう、こう一気に・・。
あふれた。

「あー」

ゲロに手を入れて、
土ごと掴んで、
自販機に投げつけた。

俺ってこんなもんだったっけ?
突っ伏した。
もういいや、
もうやめよう。
なにもかも嫌だ。

夏になる前に会社を辞めよう。

「うわー」
いきなり後ろで声がした。
十代くらいの馬鹿っぽい女が、
立っていた。

顔は、まあ・・かわい・・くもない。
たぬきみたいな顔をしてる。
見ようによってはかわいいかもって感じ。

「ゲロ投げてる・・」
その女が言って僕の前でしゃがみ込んだ。
500円玉を拾ってくれた。

でも、
夜の渋谷ではこういう関わり方はまずいんだ。どんなことに巻き込まれるか分からない。

僕は無言で立ち去ろうとした。

「ねーねー、ちょっと」

女がついてくる。

「お兄さんってば」

まずいぞ。なんかのキャッチだ。
あとから怖いお兄さんが出てくるってやつ。
ぜったいそうだ。
逃げなきゃ。

「待ってよ」

立ち止まって振り向いた。

「何ですか?」
と僕。

彼女が笑った。
たぬきが笑った。

「いや、なんか悲しそうにしてるなって思って」

いえ、あなたには関係ないことです。
口の中でモゴモゴ言って立ち去ろうとした。

「悲しい人には優しくしなさいっておばあちゃんに言われたんだよね」

その言葉に足が止まった。
いや、
正確に言うと、
その田舎の訛りに足が止まった。
振り向いた。

「東北?」

彼女がハッと口を閉じた。

「どこ?出身」

彼女が答えた地名。
隣町だった。

「えー?お兄さんも?」

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彼女は今日、某アパレルショップをリストラされたと言った。

「ファストは終了だよ。ブーム去ったし円安だし」

一人で飲んで落ち込んでたら、
もっと落ち込んでそうな人がいるなっーって。
で、見てたら、
そいつがいきなりゲロ吐いた。
落ち込んだって、私はゲロ吐かないし、
って思ったら、思わず声をかけちゃった。
と言ってケタケタ笑った。

「お兄さんいくつ?」
「25」
話してるとなんだろう・・。
ジワッと安心感をおぼえる。
「君は?」
「19」
ああ、そっか。
この子・・。
地元の言葉に切り替えてくれてるんだ。
優しい子だな。

「ねえ、いい景色見せてあげる」

彼女が歩き出した。

「すぐそこだから」

宮下公園に上がる階段を上がり始めた。

階段の上でこっちこっちと手招きをする。

小さい体がピョンピョンとはねた。

怖いお兄さんが出てくるって感じでもないな。
ついて行った。

彼女が閉鎖された金網を、
よいしょよいしょって言いながら登って、
びよ〜ん
とジャンプして降りた。

「お、おい」

いいからいいから。

しょうがないからついて行った。
金網を乗り越えた。

明治通りにかかる陸橋。
その上から街を見下ろした。

「私、さっきまでここにいたんだ」
と彼女が言った。

酔いがひどい。
金網乗り越えたからかな。

車のテールランプが渋谷駅の方に流れて行く。

人も流れている。
夜が更けて行く。
細い月が西武の上に引っかかっていた。

「ずっと渋谷を見てたんだ」
「渋谷を?」

うん、そう。
といって彼女は黙った。
欄干に寄りかかって僕も見下ろした。
彼女の言う渋谷を。

みんなどこから来て
どこへいくんだろう。

そう思うと少し目がかすんだ。
泣くっていうのでもなくて、
その一歩手前の感じ。

風景がにじんだ。
赤いテールランプがつながって、
ぼんやりとした線になった。
流れて行く。
車も人も夜も流れて行く。

どっちにしても、
みんなどこからか来て、
どこかへ行くんだろうな。

トントンと肩を叩かれた。
「ねえ、あの角の店」
彼女が指を指した先。
カッシーナの後に入ったアパレルショップ。

「DIESEL?」
「うん」
「が、どうしたの?」
「あれが私の夢」
「ゆめ・・?」
「うん。夢」

そう言うと彼女は僕の顔を下から覗き込んだ。

「ちょっと語っていい?」

うん。
僕は頷いた。

「さっき会ったばっかの人にあれなんだけど」
「いいよ」

僕がもう一度頷くと、
彼女はフンって息を吐いて、
もう一度ディーゼルを指差した。

「私はあの店に立つの。そんで、あそこで、みんなにオシャレを配りたいの。そう思ってあの街から出てきたの。みんなが反対した。でもおばあちゃんだけは応援してくれたの。だからね、私はね、帰れないの。ぜったいぜったい帰れないの。ほんとはね、ファストなんて行きたくなかったの。でもあの店に断られるのが怖くて妥協しちゃった。しかもそこをリストラされてさ。バカみたい。でね、私、さっきここに立ってて、決めたの。明日履歴書持ってあそこに行く。もう私は逃げない。土下座してでも入ってやる。私は渋谷になんか負けない。東京にも負けない。自分にも負けない。ぜったいぜったい負けるもんか」

最後はもう独り言みたいになっていた。
僕はずっとそんな彼女の横顔を見ていた。
目を逸らしかけたけど、
なぜかできなかった。

その時僕は彼女が、
美しいと思ったんだ。
いや、彼女がではなくて、
いや、彼女がなんだけど、

なんて言えばいいんだろう。

これが人だと思った。
これが人の美しさなんだって思ったんだよ。

僕の中にわだかまっていた澱のような感情がキレイに失くなっていた。

魔法のようだった。
魔法の夜だ。

細い月の、
薄い月光が、
ひっそりと僕らに降り注いでいた。

気づいたら僕はポロポロと泣いていた。

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彼女とどうやって別れたんだっけ。
その後のやり取りをよく憶えてないんだ。
ハッキリ言えるのは、
僕は彼女の名前も連絡先も聞けなかったってことだ。

僕はいつもそうだ。
肝心なことをいつも聞けない。

だけど・・。

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もちろん後日譚がある。

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真夏。

西武の上に被さる入道雲。
街路樹から沸き立つ蝉の声。
通りから沸き上がる蜃気楼。

お店のちらし配りの帰り。

明治通りの陸橋・・・。
あの陸橋の上から、

「あ・・」

例のディーゼルの店内に、
彼女を見つけた。

八頭身のモデルみたいな女性スタッフの中で、小さな彼女がクルクルと接客して回っていた。

「はは」

僕は笑った口に手を当てた。
土下座して入ったのかな。

ああ、いいぞ。
すごいな。
張り切ってるな。
彼女に接客されているお客さんが笑っている。彼女も笑っている。

ボンヤリ立っている他のスタッフとの間に、
もう完全に温度差があるようだった。
彼女にだけ陽の光があたっているようだった。

あたりまえだ。
あたりまえだよな。
がんばれ。
がんばれ。

私は渋谷になんか負けない。
東京にも負けない。
自分にも負けない。
ぜったいぜったい負けるもんか。

そうだ。
僕もがんばるよ。

手の中のチラシを見つめた。
顔を上げた。
ディーゼルに背を向けて歩き出した。

僕は再び歩き出せたよ。

ありがとう。

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ーあとがきー

2015年入社した家具業界の新人のみなさんへ
もう仕事には慣れましたか?
この春、あなたが決めたその場所を、
あなたの最後で唯一の場所にしてください。

応援しています。
がんばれ!!