2015年5月23日土曜日

マウイ☆パラダイス



表参道のカフェで人と待ち合わせている。

早めに着いた僕はいつものように手帳に家具のデッサンを書きなぐって時間を潰している。こうしていると落ち着く。頭の中では、これから会う人との話の成り行きをシュミレーションしている。その手がふと止まった。

さっきからかすかに鳴っているBGM。
MUSEの新曲がJ.レノンのあの曲に変わったからだ。

数秒過去に戻り、
すぐ我に返る。

「これか?」

じいっと
手元の家具デッサンを見つめた。

ずっと手放さなかった僕の居場所がそこにあった。

「上出来だよ」

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1992年

集合住宅の5F。
深夜2時。

煙草に火をつけた。キースのマネをして、ジャックダニエルを1Pグラスにドボッと注いだ。マイファーストSONYのラジカセにジョンレノンのカセットを放り込んで、ボリュームを小さくすると、世界でたった一人になった気がした。薄い糸のような煙草の煙と、ジョンの歌声が一人の部屋の夜に吸い込まれて行った。

自意識過剰の若者はいつもこういう小っ恥ずかしい真似ごとをする。しかし、許して欲しい。若者はいつでも本気なのだ。真似とカッコつけを繰り返して世界との距離を把捉して、いずれ成長して行く。

スターティングオーバー。
Over & Over & Over &・・・。

テーブルの上にリクルートから送られてきた電話帳みたいな就職資料がうずたかく積まれている。僕はイスに体育座りをしてジッとそれを見つめている。チェックして折ったページ。大塚家具、マルニ、コスガ、アニエスb、ギャガコミュニケーション、大建、ノダ。

25歳で新卒だぜ?
もう何もかも遅すぎる気がしていた。

まあ、でもどうでもいいや。
適当に今は幸せだし。
と、ぼんやりしている。


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集合住宅の5F
朝9時。

床に放り出すように置いた安いマットレスの上で目を覚ました。

昨日のジャックダニエルが床にこぼれていた。彼女がそれを雑巾で拭いていた。こんな飲み方してると死んじゃうよ?と言って泣いていた。

そんな彼女が着ているプルオーバー。そのパーカーの胸。僕はそのプリントロゴをぼんやりと眺めている。楽しげなロゴデザイン。

MAUI。

その下に小さくパラダイスと書いてある。

「尾崎豊死んだってさ」

言いながらそのロゴの意味を考えている。

「好きだったの?」

マ・ウ・イ・・・?

「尾崎?いや、別に」

なあマウイってなんだっけ?
地名かな。うん、地名っぽいな。

「決まったの?就職」
「まだ」
「ふうん」
「・・・就職決まったらマウイ行こうぜ?」

彼女のパーカーの胸を指差した。

「マウイってどこ?」
「知らね。けど、たぶん楽しいとこじゃないかな。パラダイスって書いてあるし」

僕の無理にはしゃいだ声が部屋にうつろう。

彼女は目を伏せながら言った。

「うん・・それもいいけど、ちゃんと普通に就職活動してね。なんかいつも投げやりだし、すぐ手放しちゃうし」

家具だよ。

それは決めてる。

っていうか・・・。

「普通ってなんだよ?」

手放すって言っても、どこも僕の居場所じゃないような気がするんだよ。僕は僕のピースがピッタリとハマる場所を探しているんだ。ジグゾーの形がさ、僕は特別なんだよ。

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集合住宅の5F
数日後。

部屋に帰ったら友達がすでにたむろっていた。軸の外れた地球儀でリフティングしてる奴。その横で壁にペインティングをしている奴。その助手をしている彼女。俺のジャックダニエルをラッパ飲みしてる奴。ウチの合鍵が出回ってるのか?

この前、茅ヶ崎駅前の桃太郎で飲んだ時、確かに約束はした。でも、キッチンの前板を塗るってだけの話だったはずだ。なんだこれは?・・いつの間にか壁がアートされている。

「豪ちゃんさー、こっちも描いていい?いいよね。あー描いちゃった」

あー描いちゃった♡じゃねーよ。

「貸せよ」

刷毛を朝日ペイントのペンキ缶にドプッと入れた。壁にでっかく書いた。

「祝就職」

「おおー」ぱち・・ぱち・・。
まばらで、ぬるーい拍手。

彼女が嬉しそうに近づいてきた。
顔がペンキだらけだ。
手で拭いてやった。

「決まったの?」
「ああ。決まった」

なんとなく幸せ。
こんな感じがずっと続くんだろうな。
でもどうしてだろう。
彼女の嬉しそうな顔を見ても、
そもそも自分自身もな、
ちっとも嬉しい気持ちにならないんだよ。

「普通に生きて行けばいいんだ。
普通に幸せに」

って世間は言うけど。

でもいつも心に引っかかっている。

僕の居場所はどこだ?
僕の・・。
パラダイスはどこにある?

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・・・・・・。

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・・・・・・。

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そして・・・。

あれから22年が経った。

誰もがそうであるように、僕もまた、凄まじい激流に流された。

途方もない月日を経て、

今、

僕はここにいる。

表参道の小さいカフェでアイスコーヒーを飲みながら、取引先の営業マンを待っている。

あっという間だった。
人の心にズカズカと土足で入ってきて、容赦なく僕の「子供」を粉々に破壊する、そんな上司に恵まれた。
僕はほとんど遊ばず、
夢中で仕事に没頭した。

そんな20代後半と30代と40代前半だった。

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その時の彼女とはあの後すぐに別れた。

夕陽の神楽坂で大きく手を振る彼女のシルエットを今でもハッキリ憶えている。すごく悲しい別れだったように思うけど、もう風化してしまった。時々・・その残り砂をカサッと踏んでしまうことはあるけど。

彼女だけじゃない。
僕は、あれから、いろんなものを手にしては失くし、再び手にしては、
再び・・・
失くしてきた。

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マウイがハワイ島の隣の島だと知ったのは、それからだいぶ時間が過ぎたあとだった。

「ハワイに行くなら、マウイでしょ。ホノルルなんて初心者の行くとこで・・・」

「あーマウイなー」

「あ、行ったことある?(ペラペラ)」

「いや・・ない」

一生懸命僕をサーフトリップに誘うそいつの話を遠くに聞きながら、僕はマウイという島の風景を想像してみた。

グレーのパーカー、エンジ色のロゴ、筆記体でMAUI。

集合住宅5Fの窓から入る風の匂い。

そよぐ白いレース、安物のカーテン。

揺れる彼女の笑顔の口もと。

遠くかすかなみんなの笑い声。

しかし、思い出すのはそんな甘くて苦いフラッシュばかりだった。

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ジョンレノンはiPhoneの中にいる。

選曲すればいつでも、

Over & Over & Over & Overと

今も歌ってくれる。

でもあの時のように、

夏の夜に心地よく漂ったり、

秋の高い空に吸い込まれたりは・・、

もうしてくれない。

電子音だからかな。
聞き過ぎたからかな、
受け手が大人になってしまったからかな。

きっとその全部なのだろう。

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そして・・。

手元の家具デッサンを見つめた。

ページの端っこにいつの間にかアイスコーヒーの染みがついている。それを手のひらでゴシゴシとこすった。

あの頃からただ唯一、ずっと手放さなかったモノがここにある。

何度転んでも、

バカにされても、

這いつくばって泥んこになっても、

「これだけは、これだけは」

って右手に握って手放さなかったものだ。

家具・・・。

「これか?」

パラダイス(安息の地)ってのは、
どこだどこだ?って探すものではなくて、自分で作り育てて行くものだったよ。

居場所ってのは、
自分のピースにピッタリの場所を探すその先にあるのではなくて、その場所に自分の形を変えていった先で、初めて見つかる場所だったよ。

ってオチだ。

頬杖をついた。

家具ね・・。

パラダイスというにはちょっと地味な感じがするけどな。

まあ・・いいか。
僕にしては、

「上出来だよ」

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それはそうと・・。
そろそろ行ってみようかな。

マウイ。

遥か遥か遠い彼方の、
マウイ☆パラダイス。