2017年7月3日月曜日

制服


制服
(オマージュ) 




高校最後の日の朝。私は開いた目をもう一度、ぎゅっとつむった。胸にチリチリと疼痛が走っている。目をつむったまま起き上がり、大きく息を吸い込んだ。その息をゆっくり吐きながら、目を開ける。

窓の外は雨だった。

最後の制服を着た。
台所で食パンを焼く。
父と母は旅行に行っている。

いいの、二人で楽しんできて。小学生とか中学生じゃないんだから来なくていいよ。そう言ったのは私だ。よかったと思う。今朝は一人でよかった。

玄関の鍵を閉めた。カチャリと乾いた音がした。傘を開いた。雨・・霧雨。 海沿いの家を出て、海沿いの高校に通う毎日。それも今日で終わる。桜が咲く頃は一人で東京に行く。三年間好きだった人とも今日で最後。

海岸通りを横切った。

海を見よう。

まだ時間が早いからちょっとだけなら大丈夫。
松林を抜ける。
潮騒が聞こえてくる。

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青い海に細かい雨が吸い込まれていく。私はそれをボンヤリ見つめている。小さく寄せては返す波の音を聞きながら、告白しよう、と決心した。カバンを開けてペンケースを開いた。ノートの端に自分のアドレスを書いた。その小さな紙片を握りしめて、私は、もう一度世界を見渡した。

私は、とても大きくて青い青い世界にいた。

お前は可愛い顔してんだからもっと笑えよ。ちがうって、もっと口を横に引くんだよ、こうやって、な? あの日以来三年間、この魔法が解けることはなかった。でもそれ以上は、何も起こらない何もない時間だった。こんな退屈で、つまらない日々に言葉を送るとしたら、なんて言えばいいんだろう。わからない。それでも・・・と思う。私は、この世界を終わらせたくない。このままずっと続いていて欲しいと思っている。どうしてだろう。今日が終わればその答えが分かるのだろうか。その言葉を見つけることができるのだろうか。 

そして最後の瞬間はやってくる。

『卒業証書抱いた、傘の波に紛れながら、自然にあなたの横、並ぶように歩いてたの』

声をかけなくちゃ。自分の心臓の音しか聞こえない。講堂から正門までの距離が永遠に感じられた。

湿った廊下の臭い。
校庭の光と影。
窓際の席から見えた海の色。

たくさんの思い出が頭をよぎる。

テスト前のノート。
遠くに聞こえるブラスバンド。
重いスカート。
財布に隠した写真。
都会に憧れた私。

正門が近づいてくる。傘の柄を握った右手には、雨に濡れたノートの端。正門の桜の木。あそこで言おう。あの大きな桜の下で。

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でも、結局、私の口が開くことはなかった。

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あの人を好きだった日々。それはこのままでいい。無理やり決着をつけるなんて、私にはできない。私は学校と家の途中の道に座り込んで、泣いた。告白できなかったことが悲しかったのではない。失ってようやく気づいたからだ。私が、本当はとても眩しい季節に居たんだということに。そして、それを取り戻すことはもう二度とできないんだということに。

家に帰ると、一人ぼっちの静かな部屋で、私は脱いだ制服を丁寧にたたんだ。

ありがとう、ありがとうって、自分の口が何度もそう呟いていた。

パタリ。

最後にクローゼットを閉めた音は、遥かな月日が経った今でも、はっきりと耳の奥に残っている。

口を横に引いて笑えるようになった今でも・・・

あの青い青い海の色とともに。




Webマガジン コラージより


http://collaj.jp/



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