2015年3月25日水曜日

甘く危険なデザイン


春の日差しがポカポカしている代官山TSUTAYA。
インテリアや美術の棚を行き来して資料を探していた。

時々知った顔(デザイナーや雑誌社の編集長とか)を見かけると、ササッと棚の裏に隠れたり、本で顔を隠したりして逃げ回る。黒いパンツとよれよれの白いシャツだと代官山のおしゃれ族の中で逆に目立ってしまうのだな。そんなことを思いながらiPhoneでQueenを聞いている。Brian Mayのギターソロは教会の中に迷い込んだ気持ちにさせる。独特の音。ピックの代わりにコイン使ってるんだっけ。

ゴシックの照明。このデザインヒントを探している。

あたりまえだけど、当時は電球なんてないロウソクの時代なんだから、シルエットデザインは相対的にロウソクの特性がベースとなっている。シャンデリアの光源と光源の間が離れているのは近くに設置したら火がお互いのロウソクを溶かしてしまうからだ。わざわざ現代の日本に照明を産み出すのだから表面的なデザインを劣化コピーしてもしょうがない。本質を掴みたいなと思っている。

ゴシックとは「神秘死」の概念だ。飢餓やペストなどの不安に、抗うのではなく、逆に身をゆだねちゃえ! みたいな。極限で剥き出しになる人の弱さみたいなものが形になったものなのだろう。死、退廃、廃墟、ロマン。それは一見、東洋哲学の「侘び寂び」に似ているけど、ベースに再生の喜び(輪廻)がない分、とても救いがない。救いの方向が「たったひとたびの滅び」なのだ。そんなデザイン血清だけを純粋にうまく抜き出したいという気持ちがある。でもそんなの抜き出した照明・・例えばフロアスタンドなんて誰が使うんだろう。夜になって、光りをポッと灯したら部屋が神秘死で溢れる。そんなの辛い。やっぱりバニラエッセンスをたった一滴・・再生の出口を入れるべきなんだろうな。

ガラスの向こう。春の光りの中で子供たちが楽しそうにはしゃいでいる。ゴシック建築概論(黒くてやたら分厚い本)をバタムと閉じて棚に戻すと、目を閉じた。

退廃の音が鳴っている。
Brian Mayのギターは本当にゴシックだな。

てをとりあってこのままいこう
あいするひとよ
しずかなよいにひかりをともし
いとしきおしえをいだき

再生に満ちあふれたFreddiの声の裏で。
甘く危険な退廃がうねっている。