2015年3月28日土曜日

僕らがお客様に伝えたいこと


2015年。

今年も4月から新入社員が入ってくる。
新人教育のスケジュールを立てよう。
そう思ってデスクでPCを開いた。
名刺の渡し方から、接客の方法論まで。
何を作るか、どのように販売するか。
僕らがお客様に一番伝えたいこと。
それを新入社員に伝えなくてはならない。

キーボードを叩く手が止まる。
「一番伝えたいことな・・」

********************************

僕らのルーキー時代。

僕らは茅ヶ崎の一号店に続き、その半年後に二号店を鵠沼に出した。江ノ島まで歩いて数分という海の街。その小さな小さな商店街の精肉店跡地に50~80万もする高級ソファを並べた。今考えたらよくあんな暴挙ができたものだ。

とある2月の最終日。
僕らは困っていた。今日何かが売れなければ今月の店舗家賃が払えない。「大丈夫。今日は土曜日だし、今日ご来店される予定の見込み客もいるし、なんとかなるよ」威勢良く言ったものの、所と佐々木はどんよりした顔をしている。

pm3時。
見込み客Aさんから電話
「ちょっと用事ができちゃってさ、明日行くよ」

pm5時。
見込み客Bさんからのメール
「雪が降ってきそうだから、明日おじゃましますね」

雪・・だと?
顔を上げて外を見た。
窓の外が不吉にどんよりしていた。

*******************************

豪雪の海の街。
pm7時。
雪がどんどん積もって行く。
3人で呆然として眺めた。

所「店長ドア閉めましょう」
僕「だめだ。あと俺はもう店長じゃない社長だ」
佐々木「だって社長・・寒い」
僕「来るから、きっと誰か来るから」
所「だって・・こないよ」

所が正しい。商店街はどこも早じまい。
いつもたくさんいる野良猫すらいない。

「家賃が払えない」

僕がつぶやく。
三人で無言になった。

*******************************

pm8時。
閉店時間。

その時、
バーンッとドアを開いて
一人の紳士が入ってきた。

「い、いらっしゃいませ」

(あわわわわわわ)
(ホントにだれか来た)
(神様だ)
(奇跡だ)
後ろで2人がひそひそ話している。

「寒い中ありがとうございます」
黒くて艶々したコート。
高そうなハットを目深にかぶっている。
紳士は雪をパタパタ払いながら、
太いバリトンで僕にこう言った。

「これをもらえるかな」
紳士が指をさした商品をおずおず見る。

88万のソファ。

「明日客が来るんだが、
応接間のまに合わせに必要なんだ。
駅前の量販店がもう閉まっていたから
これでもいいかと思ってね」

まに合わせ?
これでもいいか?
すごく引っかかった。

*************************************

僕らがなぜ高価な家具を作って売るのか。
「素材」と「作り」を妥協したくないからだ。
デザインも大事だ。
しかし、
良い素材を使えば一生ものになる。
そしてそんな素材を使って、
腕のいい職人が作れば、
家具は時を越えて人を幸せにする。
それはブランド戦略の以前の話だ。
売ればいいってモノじゃない。

もちろん量販店が悪いわけではない。
でも僕らとは切り口がまったく違うんだ。

*************************************

「今日運べるかな」
「えーと。お客様。」

僕はカラカラになった口を開いた。

「今日僕らで運びます。でもその前に
このソファについてお話をしてもよろしいでしょうか」
「話?」
「あの、素材と作りの話を・・」
「いらん」
「はい、いらん。へえ?」

お百姓さんみたいな返答になった。
しどろもどろになっていたら、
その紳士が踵を返した。
「もういい、いらん」
早かった。引き止める間もなく、
紳士はお店を出て行ってしまった。

「ん?」

僕は接客用の笑顔のまま、ゆっくり後ろを振り向いた。奥から顔を出して覗いていた所と佐々木が丸く口を開けていた。

「え?」「ん?」
「あれ?」

所「家賃が逃げた・・」

************************************

新入社員に一番伝えたいこと。
それは販売店としていくら売るかではない。
「何をどのように売るかだ」

素材と作りに妥協をしない。
そうしたらモノの値段は必然的に高くなるよ。

でもね、
値段を語る前に
なぜこの素材を使っているのか、
どのような作りになっているのか、
それを一生懸命伝えようよ。
お客様の予算の10倍だって怖れちゃだめだ。
それができなかったら、
僕らが僕らである必要がないんだから。

僕らの会社はいつの間にか大きくなった。会議資料は効率性や粗利率やらで埋まっているね。昔と比べて妥協していることだってあるな。でもこういう想いだけは薄めたくない。

まあ、美談のように書いてるけど、
今思えば、あの時の僕の接客だって褒められたものではないよね。もっとスマートに伝えることは出来ただろうし、時には信念を曲げて販売しなければいけない局面だってある。店長ではなくて経営者なんだからさ。

**************************************

積もる雪に四苦八苦して、
僕らは三人とも無言でシャッターを閉めた。

僕「あのさ・・うまく言えないけどさ、
俺たちはこれでいいんだと思うんだよな」

所「なに威張ってるんですか?
プライドじゃご飯を食べられないんですよ?」

佐々木「そうだ、そうだ」

僕「ごめん。今から大家さんに謝ってくるよ」

**************************************

店の2Fの大家さん邸。
大家さんは笑っていた。

「明日、日曜日だからがんばって、野田さんの所はきっと大きくなる。だから自信持って!応援してるからね」

***************************************