2015年4月3日金曜日

ダブルギミック

AREAはIT、広告、芸能人もさることながら、金融関係のお客様が非常に多い。特に最近、リーマンショックの痛手から完全回復した彼らがお店に戻ってきている。

金融系のお客様はトムフォードの銀縁をキラリと光らせて、家具に対する自分の好みを理路整然とリクエストする。

以下実話。

鷲津(偽名)「前も言ったと思うけど、ここに秘密の書類を入れるための鍵付き引き出しが欲しいんだ。」
AREA(某スタッフ)「…」
鷲津「どうかしたかな?」
AREA「…気持ち悪いですね」
鷲津「気持ち悪い…だと?」
AREA「いえ、こんな所にそれこそ取って付けたように引き出しを付けると全体的にシャープなシルエットが崩れます。それがどうも…」

ちょっとお待ちください。彼は席を離れるとたくさんの資料を持ってきた。ゴシックから現代に至るデザインの歴史本を捲りながら説明を始めている。

AREA「歴史が全てではないですね。でも歴史には宗教から人間工学まで膨大な人知が詰まっています。ですから無視はできません」

デザイナーはお客様の実利を無視してはいけない。相当の実力があったら別だが、独りよがりのデザインなど誰も欲しくない。だいたいそんなニセモノデザイナーは、特に鷲津氏のような何かを極めたプロには通用しない。ここからだな。遠くから観察していた。

AREA「ああ、ここですね。ここに隠し引き出しを作りましょう」

鷲津「隠し引き出し?」

AREA「ここから手を入れてですね、鍵は手探りだけど、こう開けてもらってこう…」

どうやら箱と箱の接合部に構造の隙間を見つけたらしい。一冊の本のページを捲りながら説明をしている。

AREA「このページの異教弾圧の隠し部屋。これと構造は一緒です。構造自体、作るのは難しいけど使い勝手は簡単です」

フーコーの「薔薇の名前」の事案まで飛び出している。鷲津氏は身を乗り出して聞いている。

AREA「というわけで、全体のデザインシルエットを損なうことなく、引き出しをつけることが可能ですね。秘密の書類を秘密の引き出しに入れるわけです。なんというかスキッとしていて気持ちよくないですか?観念的というか感覚的な話ですけど」

こちらからは鷲津氏の表情は見えない。だが、彼の顔は容易に想像できる。仕手仕掛けは金融マンの十八番だ。デスクに仕掛けられたギミックに惹かれないはずがない。いやそれ以前に、その結論を引きずり出してきた人間に感動の念を持つだろう。その証拠に、彼はもう本や手元の図面を見ていない。目の前のデザイナーをジッと見つめている。

勝負ありだ。

バックヤードで契約書を用意している彼に声をかけた。

「見事だったね」
「いや、たまたまです」

たまたま?
そんなわけないだろ。
隠し引き出し案はいつから用意していたか…。

おそらく気持ち悪いと言ったのも仕手の伏線だろう。下手をすれば、今日のプレゼンの前日から用意していたプロットだったのかもしれない。そういえば資料を持ってくるのもやたら早かった。全部用意されていたのか。

ギミックデスクをプレゼンするための接客ギミック。ダブルギミックだ。

「でも次のお客様も詰まってたんだし、普通に引き出し付けて終わらせれば良かったんじゃないの?」

わざと煽ってみた。

「いえ、それはどこでもできるしウチらしくない。ええとつまり、ファンタジーというか夢がない。それに…」

彼はその後を言い淀んだが、わかっている。これで鷲津氏はこれからたくさんの口コミ客を連れて来てくれるだろう。

数年後の後日。鷲津氏と話す機会があった。

鷲津「ダブルギミック?そうだろうね。キレイな流れだったからね。まんまとやられたよ。しかし、それでいいんだ。僕にとったらその提案で競合していた某ブランド店との明確な差別化ができたわけだから。そして、今でも本当に御社の家具を買って良かったと思ってる。まあ、彼は金融業界にいたらものすごい金を作るだろうな。しかし羨ましい」

金融はお金を作る。我々は家具を作る。金融マンにとってリアルに物を作るというのは、一種の憧憬に近いものがあるという。同じ仕手戦をするなら物作りでやりたいよ。彼はそう言って笑った。